マカッサルで、人生をやり直してみた 私は、人を変えようとしていた。
第5話
朝、工場へ着くと、昨日頼んでいたことが終わっていませんでした。
冷凍庫の整理。書類の確認。作業台の清掃。
前日に丁寧に説明したことでした。他のスタッフはもう作業を始めています。でも、その場所だけが、昨日のままでした。
「なんで。」
口には出しませんでした。でも、心の中では確かにそう思っていました。
その頃、気になっているスタッフが一人いました。
朝礼では返事が小さい。指示した荷物を違う場所へ運んでいる。気付いた他のスタッフが、さりげなくフォローしている。私がその度に呼び止める。
「ここじゃなくて、こっちだよ。」
「Siap, Pak.」
翌日、また同じことが起きています。
悪い人間ではありません。朝は誰よりも早く来ます。愛想もいい。他のスタッフとよく笑っています。でも、なぜか仕事が噛み合わない。
ある日、私は紙に図を書きました。工程を一つひとつ丁寧に説明しました。実際にやって見せました。隣に立って、一緒に確認しました。
「分かった?」
「Siap, Pak.」
翌日には、また元に戻っていました。
それでも私は教え続けました。図を書き直しました。言葉を変えました。もう一度、実際にやって見せました。
変わりませんでした。
日本にいた頃、私は「教えれば変わる」と信じていました。
だから、何度も教えました。正しい手順を見せれば、人は変わる。そう思っていました。
それでも変わらないことが、不思議でした。そして少しずつ、その不思議は苛立ちに変わっていきました。
ある時期、私は数日間マカッサルを離れなければなりませんでした。
空港へ向かう車の中でも、工場のことが頭から離れませんでした。あのスタッフがいる。自分がいない間に、何かが止まるかもしれない。荷物の仕分けが滞るかもしれない。誰かがまた指示を間違えるかもしれない。
電話が鳴るんじゃないか。そんなことばかり考えていました。
工場を他のスタッフに任せて、出かけました。出発してしまえば、考えても仕方ありません。でも、頭の片隅にはずっと、あの工場がありました。
数日後、戻ってみると、工場は動いていました。
タコが処理され、箱に詰められ、冷凍庫に収まっていました。作業は遅れていませんでした。問題も起きていませんでした。
拍子抜けするほど、普通でした。
「誰がまとめていたの?」
私は何気なく聞きました。特に深く考えていたわけではありません。ただの確認のつもりでした。
スタッフが一人の名前を言いました。
私は聞き返しました。
「本当に?」
聞き間違いだと思いました。一番心配していた、あの人の名前でした。
念のため、他のスタッフにも確認しました。やはり、そうでした。
何かを決める時、最初に声をかけていたのはあの人でした。困ったことが起きた時、最初に動いていたのもあの人でした。他のスタッフが迷っている時、横から一言かけていたのもあの人でした。
私はしばらく、何も言えませんでした。
私は、その人の一面しか見ていませんでした。
私の手順で仕事ができるか。私の指示通りに動けるか。それだけを見ていました。
でも工場は、私がいなくても動いていました。
それからしばらく経って、あのスタッフに何かを頼む時、以前は手順から話し始めていました。今は、まず少し話すようになりました。今日の調子はどうか。昨日の作業で何か困ったことはなかったか。
言葉が増えたわけではありません。でも、順番が変わりました。
そのスタッフが、少し動きやすそうに見えるようになったのは、気のせいかもしれません。でも、そう見えます。
今日も工場では、誰かが笑っています。
あのスタッフが、他の誰かに話しかけています。自然に輪の中にいます。
私は、その様子を見ています。
このシリーズは、マカッサルで暮らす中で少しずつ変わっていった自分を、一話ずつ振り返りながら書いています。