マカッサルで、人生をやり直してみた 私は、急いで生きていた。

Indonesia Makassar

記事の冒頭
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第3話

夕方4時を過ぎると、工場の空気が少し変わります。

機械の音が止まる。スタッフが道具を片付け始める。誰かが冗談を言って、誰かが笑って、そのまま帰っていく。急いでいる人が、誰もいません。

その風景を見ながら、ふと思いました。

「私は、日本で何をそんなに急いでいたんだろう。」

日本にいた頃、私はいつも急いでいました。

朝、少しでも早く家を出る。電車の中でメールを確認する。会社に着いたらすぐ仕事を始める。昼は短く済ませる。夕方になっても次の仕事が待っている。帰りの電車でまた明日のことを考える。

急ぐことは、真面目であることの証明でした。早く動くことが、やる気の表れでした。誰よりも早く、誰よりも多く、誰よりも効率よく。

そうしていれば、何かが手に入ると信じていました。

何が手に入るのか、今でもうまく言えません。でもとにかく、急いでいました。

マカッサルへ来て、最初に驚いたのは、誰も急いでいないことでした。

市場では、売り手がゆっくり値段を交渉します。役所では、担当者がお茶を飲みながら書類を処理します。約束の時間に相手が来ない。催促しても「今向かっています」と言ったまま、30分経ちます。

最初の頃、私は苛立っていました。なぜもっと早くできないのか。なぜ急がないのか。

でもある夕方、工場の前で気付いたことがあります。

仕事を終えたスタッフが、帰る前に道端に座って話をしていました。特に急ぐ様子もなく、笑いながら、日が暮れるまで話し続けていました。

その姿を見た時、私は不思議な感覚を覚えました。

羨ましい、とも違う。懐かしい、とも違う。

ただ、何かが、胸の奥に引っかかりました。

日本にいた頃も、友人と飲むことはありました。

でも、終電を気にしていました。明日の仕事も気にしていました。

あの時間、本当にその場にいたのかと聞かれると、少し自信がありません。

マカッサルのスタッフたちは、仕事が終わったら仕事のことを考えていないように見えます。今ここで話している時間が、その人たちにとっての全てであるように見えます。

それが正しいのかどうか、私には分かりません。

あるスコールの夜のことを覚えています。

突然の大雨で、工場の作業が止まりました。

スタッフたちは工場の軒下に集まりました。誰もスマートフォンを見ていない。誰も次の作業の段取りを考えていない。濡れた床の匂いがして、雨が屋根を叩く音がして、その中で誰かが何かを言って、笑い声が上がりました。

私も、その輪の中に入りました。

30分ほど、私たちは何もしませんでした。

その30分が、不思議と長く感じませんでした。

夕方5時を過ぎると、工場の前の道に、子どもたちが出てきます。

どこから来るのか、気が付けばそこにいて、日が暮れるまで遊んでいます。誰も帰れと言わない。誰も時計を気にしていない。

その子どもたちを見ながら、私は思いました。

「私は、いつから急ぐことを覚えたんだろう。」

答えは分かりません。でも、急ぐことは、いつの間にか私の日常になっていました。

マカッサルのスタッフたちが持っていて、私が持っていなかったもの。それは、今この場所にいる能力だったのかもしれません。あるいは、私がそれを持っていたのに、いつの間にか使わなくなっていただけなのか。

今でも分かりません。

スタッフたちが帰っていきます。

私は、少しだけその場に立っています。

夕方の風が吹いています。

次に何をするか。

今日は、それを考えませんでした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

このシリーズは、マカッサルで暮らす中で少しずつ変わっていった自分を、一話ずつ振り返りながら書いています。

第1話「私は、日本で幸せだったはずだ。」

第2話「私は、ちゃんと生きすぎていた。」

記事の最後
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