Airplane Indonesia

初めてPelita Airでマカッサルからジャカルタへ。新しく快適なA320、スカルノハッタ空港T3利用は好印象でしたが、機内サービスはパンと水だけ。さらに復路は出発1週間前に欠航となり、Garudaを取り直すことに。Citilinkとほぼ同じ料金のPelitaは誰のための航空会社なのか。Garuda、Citilinkとの違いを実体験から考えます。

Business Indonesia

インドネシアのスタバでGrandeのアメリカーノが43,000ルピア。日本円なら400円弱で安いと感じますが、ローカルチェーンKopi Kenanganの約2.26倍です。韓国、タイ、中国、ベトナム、日本とも比較し、独自のスタバ指数から、為替換算だけでは見えてこない各国のコーヒー価格と体感物価の違いを考えてみました。

Indonesia Travel

インドネシアのVOA(到着ビザ)が、現在の50万ルピアから最大100万ルピアへ値上げされる案が浮上。実施されれば、家族4人のバリ旅行ではビザ代だけで約3万6000円、観光税を含めると4万円超に。なぜ値上げするのか、e-VOAとの料金差、タイやマレーシアなど周辺国との違い、インドネシア観光への影響を現地在住者の視点から考えます。

Business Indonesia

インドネシアで会社を経営していると、従業員から「カスボンできますか?」と相談されることがあります。給与の「前借り」を意味するKasbonは、実はオランダ語にルーツを持つ言葉。昔ながらの職場慣習から、EWAやGajiGesaなど最新フィンテックの登場まで、インドネシアのお金と働き方、そしてその背景についてお伝えします。

Indonesia Makassar

2017年、約2年間のマカッサルでの実証事業が終了しました。インドネシアでタコを作れるようになっても、売れなければ続かない。私は営業部長として再び営業の現場へ戻り、まだほとんど知られていないインドネシアタコを日本に広める仕事を始めます。作れることと、続けられることは違う。本当の挑戦は、ここからでした。

Indonesia

2015年、JICAの普及・実証事業が始まり、私はマカッサルの水産加工工場に立っていました。目の前には、かつて日本で初めて出会ったインドネシアの縞タコ。そして役に立ったのは、震災後に突然工場長を任された三年間の経験でした。別々だと思っていた出来事が、遠く離れたマカッサルで少しずつつながり始めます。

Business Indonesia Makassar

「インドネシアで作る。」その思いを形にする方法が分からない中、JICA事業への応募をきっかけにケンドマネジメントと出会いました。「タコ案件、これは面白い。」そして数か月後、海洋水産省で聞いた「タコなら、マカッサルでしょう。」という一言。翌日、私は初めてマカッサルへ。何気ない二つの言葉が、その後の人生を大きく動かしていきました。

Business Indonesia

2014年10月、初めてインドネシアへ。日本のボイルタコを売るためのFS調査で、二人から忘れられない言葉をもらいました。「日本から輸入したタコなら買わない」「JICAの事業に応募してみたら」。工場も仕入先も資金もない。それでも、「インドネシアで作る」という考えだけが、頭の中に残りました。

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2012年、私が初めてインドネシアのタコを見たのは、日本の工場でした。見慣れない縞模様のタコを前に、「これを日本のお客さんが買ってくれるだろうか」と試行錯誤。加工方法を工夫し、ようやく商品化へ。まだインドネシアへ行ったことすらなかった私と、この国との最初の出会いは、一匹のタコから始まりました。

Indonesia Makassar

営業として全国を飛び回り、中国やタイの工場も訪ねた日々。そんな私の仕事を大きく変えたのが、2011年の東日本大震災でした。被災した工場の復旧を進める中、営業しか知らなかった私が突然、工場長に。作ってもらう側から、作る側へ。あの三年間がなかったら、今の私はマカッサルの工場に立っていただろうか。