55歳になって、ようやく分かったこと 年を取ることは、悪いことばかりではなかった
若い頃は、年を取ることを恐れていました。でも55歳になった今、年齢は「失うもの」を数える数字ではなく、「積み重ねてきたもの」を受け取る時間なのだと感じています。焦らない心、待てる余裕、経験から生まれる深み。年齢を重ねたからこそ見えてきた人生の豊かさについて書きました。
55歳からの小さな気づき 第8話
若い頃、誕生日は嬉しい日でした。
でも30歳を過ぎた頃から、誕生日は少しだけ複雑な日になりました。「もう30歳か。」「もう40歳か。」「もう50歳か。」
年齢を重ねるたびに、何かを失っていくような気がしていました。体力が落ちる。記憶力が衰える。新しいことについていけなくなる。若い頃のように動けなくなる。
年齢を重ねることは、失うことの連続だと思っていました。
でも55歳になった今、少し違うことを思います。確かに失ったものはあります。でも、それ以上に、気付かないうちに手に入れていたものも、たくさんありました。
若い頃は、年齢が怖かった
30歳になった時、「もう30歳か」と思いました。40歳になった時も、「もう40歳か」と思いました。節目の年齢が来るたびに、何かが終わっていくような感覚がありました。
20代の頃は、時間が無限にあるように感じていました。失敗しても取り返せる。やり直せる。そんな感覚がありました。
でも30代、40代と進むにつれて、その感覚は少しずつ変わっていきました。時間は有限だと分かってくる。体力も少しずつ変わってくる。
年を取ることへの漠然とした不安が、心のどこかにずっとありました。
インドネシアで、50歳になった
50歳でインドネシアへ来た時、私は自分の年齢をかなり意識していました。
50歳で起業する。50歳で海外へ移住する。50歳で、また一から始める。体力は大丈夫だろうか。頭はついていけるだろうか。若いスタッフと一緒にやっていけるだろうか。
最初の頃、若いスタッフたちのエネルギーを見ながら、自分との差を感じることもありました。
でも5年間、一緒に仕事をしていく中で気付いたことがあります。
私には、彼らにはないものがありました。そして彼らにも、私にはないものがありました。年齢は、差ではありませんでした。それぞれの強みだったのです。
年を取って、手に入れたもの
55歳になって振り返ると、若い頃にはなかったものが、いくつも手元に残っています。
一つは、焦らなくなったことです。
20代、30代の頃の私は、いつも急いでいました。早く結果を出さなければ。早く認められなければ。早く成功しなければ。
でも今は違います。問題が起きても、「また来たか」と思えるようになりました。若い頃なら、その場で答えを出そうとしていました。今は、「少し考えよう」と、一晩寝かせることがあります。すると翌朝には、不思議なくらい答えが見えていることがあります。若い頃は、早く決めることが正しいと思っていました。でも今は、待つことも一つの判断だと分かりました。
もう一つは、怒らなくなったことです。
若い頃は、思いどおりにならないことに腹を立てていました。スタッフが期待通りに動かない。計画通りに進まない。そのたびに、自分の心まで乱れていました。
でも今は、ほとんど怒りません。怒ったところで何も変わらないことを、経験として知っているからです。それよりも「では、どうするか」と考える方が、ずっと前へ進めると分かりました。
そして、もう一つ。人を待てるようになったことです。
スタッフが成長するには時間がかかります。信頼関係が生まれるにも時間がかかります。会社が育つにも時間がかかります。若い頃の私は、その時間を待てませんでした。でも今は待てます。時間をかけることの価値を、ようやく知ったからです。
失ったものより、手に入れたものの方が大きかった
もちろん、失ったものもあります。
20代の頃の体力はありません。徹夜して翌日も元気、という日は過ぎました。記憶力も、以前より少し時間がかかることがあります。
でも不思議なことに、失ったものより、手に入れたものの方が、今の仕事には役立っています。
焦らない判断力。怒らない冷静さ。待てる忍耐力。そして、失敗を受け入れられる経験。
これらは30代の私にはありませんでした。40代の私にも、まだ足りていませんでした。55歳になって、ようやく少しずつ身についてきたものです。
そして気付いたのです。豊かというのは、お金ではありません。肩書きでもありません。人を信じられるようになったこと。自分を責めなくなったこと。小さな幸せに気付けるようになったこと。そういうものが、静かに積み重なっていました。
年齢は、失うだけではありませんでした。積み上げるものでもあったのです。
年を取ることへの見方が変わった
今、私は年を取ることを恐れていません。
もちろん健康への不安がまったくないわけではありません。体のメンテナンスは、以前より気を使うようになりました。でも年齢そのものへの恐れは、ほとんどありません。
なぜなら、55歳になって分かったからです。年を取るということは、何かを失うことだけではない。それと同じだけ、あるいはそれ以上のものを、静かに手に入れていくことでもあると。
今の私は、5年前の50歳の私より、間違いなく豊かです。10年前の45歳の私より、見えている景色が広くなっています。だとすれば、10年後の65歳の私は、今よりもっと豊かになっているかもしれません。
年齢を重ねることは、終わりに近づくことではありません。人生に、少しずつ深みが増していくことなのだと思います。
55歳になって、ようやく分かったこと
55歳になって、ようやく分かったことがあります。
若い頃の私は、年を取ることを恐れていました。でも今は、少し楽しみにさえなっています。
失ったものを数えれば、確かに寂しくなります。でも、手に入れたものを数えれば、人生は悪くありません。むしろ、ここからもっと深くなっていくのかもしれない。そんなふうに思えるようになりました。
もし今、年齢を理由に何かを諦めようとしている人がいるなら、私は伝えたいと思います。
年齢は、挑戦を止める理由ではありません。これまで積み重ねてきたものを、ようやく使えるようになる年齢でもあるのです。
年齢は、失うものを数える数字ではありませんでした。積み重ねてきたものを、静かに受け取る数字だったのです。
次回は、
「人生は、『今』が一番若い」
について書いてみたいと思います。
10年後の自分から見れば、今日の自分が一番若い。そう思えるようになってから、「もう遅い」という言葉を使わなくなりました。人生を始めるのに遅すぎる日はありません。そんなことを書いてみたいと思います。
この連載では、55歳になった今だからこそ気付けた、小さな学びや人生の変化を綴っています。