Bisaを信じすぎて疲れていませんか? Tidak apa-apaで楽になった完璧を手放す方法
なぜインドネシアに長くいると「完璧主義」が削れていくのか
関東人が、心の中に“関西的ツッコミ”を飼い始めた理由
インドネシアに長くいると、自分の中の“前提”が少しずつ変わっていきます。
最初に変わるのは、生活のリズム。
次に変わるのは、仕事の進め方。
そして数年経つと、もっと深い部分、物事への構え方そのものが変わっていることに気づきます。
特に大きく変わるのが、「完璧」に対する距離感です。
私は関東育ちです。
物事は整えてから出す。
確認してから進める。
曖昧なままにしない。
それが誠実さであり、プロ意識であり、大人の姿勢だと思って生きてきました。
だからこそ、インドネシアに来た当初は、毎日が小さな摩擦の連続でした。
「正しさ」が通用しない瞬間
インドネシアでは、予定通りに物事が進まないことが珍しくありません。
時間は目安。
約束は方向性。
進捗は“だいたい”。
最初の頃、私はそれに真正面から向き合っていました。
「なぜ確認しないのか」
「なぜ事前に共有しないのか」
「なぜそんなに自信満々なのか」
理屈で理解しようとし、
正しい運用に修正しようとし、
改善しようとする。
でも、気づくのです。
相手は悪意でやっているわけではない。
価値観の前提が違うだけなのだと。
ここで、完璧主義の角が一つ削れます。
“正しくすること”よりも、
“回し続けること”の方が重要だと分かるからです。
「Tidak apa-apa」と言われた瞬間
インドネシアで仕事をしていると、何度も耳にする言葉があります。
- 「Tidak apa-apa, Pak」
- 「Bisa, Pak」
- 「Aman」
最初の頃の私は、この言葉を額面通りに受け取っていました。
“問題ないなら安心だ”
“できると言うなら大丈夫だ”
でも、経験を重ねるうちに分かります。
インドネシアの「Bisa」は、日本の「確実にできます」とは意味が違う。
それは、
・やる気はある
・方向性は合っている
・何とかしようと思っている
という宣言です。
結果保証ではありません。
今の私は、その言葉を聞いた瞬間、心の中でこう言います。
“ほんまかいな”
関東人ですが、心の中に関西を住まわせました。
これは疑いではありません。
信用していないわけでもありません。
これは、期待値を調整する儀式です。
- 100%を想定しない。
- 60%で設計する。
- 裏取りを入れる。
これだけで、消耗が激減しました。
完璧主義は、言葉を保証として受け取ります。
でもインドネシアでは、言葉は“気持ち”に近い。
ここを理解すると、楽になります。
「知らんがな」という境界線
次に削れたのは、“全部を自分で背負う癖”です。
遅延。
変更。
突然の言い訳。
以前は、全部受け止めていました。
「なぜ?」と問い、
「どうすれば防げた?」と考え、
再発防止策を作る。
でもある時、気づきます。
それは、私が抱えなくていい問題も混ざっている。
ここで必要なのは、怒りではなく境界線です。
関西風に言えば、
“知らんがな”
関東風に言えば、
「それはあなたの範囲ですね」
完璧主義の人は、すべてを自分の責任範囲に広げます。
でもインドネシアでそれをやると、確実に消耗します。
抱えない。
巻き取らない。
でも、必要なことは淡々と伝える。
この感覚を持てるようになると、精神的な体力が一気に回復します。
「ほれみー」と言える余裕
トラブルは起きます。
むしろ、起きる前提で設計した方がうまく回ります。
以前は、「なんで?」でした。
今は、「来たか」です。
“ほれみー”
これは諦めではありません。
想定内に置く技術です。
完璧主義は、トラブルを例外として扱います。
でもインドネシアでは、揺らぎは標準装備です。
例外を標準に組み込むと、怒りが減ります。
怒りが減ると、修正に集中できます。
ここまで来ると、完璧である必要がなくなります。
削れていくのは「支配欲」
長くいると分かります。
削れていくのは、能力ではありません。
削れていくのは、「全部をコントロールしたい」という欲です。
全部整えたい。
全部説明したい。
全部理解されたい。
その欲が、少しずつ薄れていきます。
代わりに残るのは、
・調整力
・修正力
・再起動力
完璧主義は短距離走向きです。
インドネシアは長距離走です。
長距離では、フォームを崩さないことが最優先になります。
3年目あたりで楽になる理由
多くの人が、3年目前後で楽になります。
理由は単純です。
変えられない部分を受け入れるからです。
最初の1〜2年は、変えようとします。
3年目で、変えなくていい部分が見えてきます。
ここで、肩の力が抜けます。
完璧主義は日本では武器です。
でもインドネシアでは、武器よりクッションの方が役立ちます。
関東と関西が混ざった先にあるもの
今の私は、
関東的な整理力と、
関西的な受け流し力を、両方使っています。
確認はする。
締めるところは締める。
でも、全部を正そうとはしない。
完璧を目指さない代わりに、止まらないことを目指す。
これが、長くいる人の共通点です。
最後に
インドネシアに長くいると、
「ちゃんとやる」から
「ちゃんと回す」へ
軸が移動します。
完璧主義が削れるのは、怠慢ではありません。
適応です。
そして不思議なことに、この適応を経験した人は、日本でも強い。
完璧でなくても前に進めることを、身体で知っているからです。
インドネシアは、人を強くするのではありません。
少し軽くしてくれる場所なのかもしれません。