プラボウォ政権でインドネシアの水産業はどう変わるのか
2026年8月14日、プラボウォ大統領は国政演説の中で、食料自給、国営企業改革、輸出管理、村落協同組合など、実に幅広いテーマを語りました。
そのなかで、私が特に気になったのが水産業です。かなり具体的な数字と政策が示されていました。
紅白漁村(KNMP)を、現在の100か所から2026年末までに1,386か所へ拡大
港、魚市場、冷蔵施設、水産加工場、船舶修理施設などを一体整備
1,582隻規模の近代的漁船整備を推進
魚については「すでに自給を達成」と位置づけ
紅白村落協同組合による農水産物流通の強化
インドネシアで実際に水産事業をしていると、「魚がない」のではなく、「魚を集め、冷やし、運び、加工し、売る仕組みが弱い」と感じる場面が少なくありません。
今回の演説を読んでいると、プラボウォ政権はまさにその部分に手を入れようとしているように見えます。一つひとつを見るとバラバラな政策に見えるかもしれませんが、つなげてみると、政権が描こうとしている水産業の姿がかなりはっきり見えてきます。
水産業を「漁師任せ」から国家インフラ産業へ
従来のインドネシア水産業は、
漁師が獲る → 仲買人が買う → 地方の集荷業者 → 加工・流通
という、民間中心の構造が強い産業でした。
ところがKNMP(紅白漁村)では、港、魚市場、冷蔵庫、加工場、船舶修理施設、さらには住宅や社会施設までを一体として整備しようとしています。
つまり政府は単に漁船を増やすのではなく、「漁業拠点そのものを国家が作る」方向に動いている。ここがまず、今回の政策の一番大きな転換点です。
1,386の「紅白漁村」は何を変えるのか
現在100か所にとどまっているKNMPを、2026年末までに1,386か所へ。単なる「漁村振興」ではなく、水揚げ、保冷、加工、販売、船舶修理、物流までをまとめて整備しようとしている点がポイントです。
インドネシア水産業の弱点は、実は「魚がいないこと」ではなく、「魚はいるのに、コールドチェーンと物流が弱い」ことです。そのボトルネックを国家主導で解消しようとしている、と整理できます。
近代漁船1,582隻「獲る力」も強化する
プラボウォ大統領は、インドネシアの漁業資源の多くが違法外国漁船などによって失われているという問題意識を示し、政府は1,582隻規模の近代的漁船整備を進める方針です。
重要なのは、漁村インフラと漁船をセットで考えている点です。獲る能力だけ高めても冷凍・加工施設がなければ魚価は上がらず、加工場だけ作っても原料が安定しなければ稼働しません。今回はその両方を同時に整えようとしています。
「紅白村落協同組合」が水産物流通を変える可能性
現在、紅白村落協同組合(Koperasi Desa Merah Putih)は全国で1万組合が稼働しており、そのうち3,300組合が本格稼働の段階にあります。政府は2026年末までにこれを3万組合まで拡大する方針です。
協同組合が担うのは、
地元農水産物の買い取り
輸送手段の保有
在庫のデジタル管理
補助対象商品の供給
流通そのもの
という機能です。
つまり、これまで漁師から仲買人へ直接つながっていたルートに、
漁師 → 協同組合 → 加工・市場
という新しい流通経路ができる可能性があります。農漁民から協同組合、そして物流・加工・市場へ。政府主導でこの流れを作ろうとしているわけです。これはかなり大きな変化です。
仲買人は消えるのか
ここで少し冷静な視点を入れておきます。
政府はサプライチェーンを国家・協同組合側に引き寄せようとしています。ただし、インドネシアの水産業において仲買人は単純な「中抜き業者」ではありません。実際には、
漁師への前渡金
燃料代
氷
船の修理
漁具
現金決済
離島からの集荷
まで担っているのが実情です。
日本から見ると、仲買人というと「中間マージンを取る存在」に見えるかもしれません。しかし、インドネシアの地方や離島では、仲買人が事実上の金融機関であり、物流会社であり、資材供給者でもあります。
したがって、協同組合を作れば仲買人が不要になるほど単純な話ではありません。むしろ問われるべきは、
「政府の構想が成功するかどうかは、これまで仲買人が担ってきた金融・物流機能まで代替できるかどうかにかかっている」
という点だと思います。
「魚は自給済み」でも、水産業はまだ強くない
プラボウォ大統領は、魚・卵・鶏肉について自給を達成しているとしています。
しかし、自給できていることと、水産業が効率的であることはイコールではありません。
プラボウォ大統領自身、インドネシアの水産業の価値を年間約340億ドルとしながら、その潜在力を十分に享受できていないとの認識を示しています。
インドネシアは世界有数の海洋国家でありながら、
漁港不足
冷蔵設備不足
コールドチェーン不足
小型漁船中心の漁業構造
島嶼間物流コストの高さ
品質管理の弱さ
加工能力の不足
輸出規格への対応の遅れ
といった課題を抱えています。
次の段階として求められているのは、「魚がある国」から「魚で稼げる国」への転換だと整理できます。
そして輸出管理も強化される
現在、PT Danantara Sumber Daya Indonesia(DSI)は石炭、パーム油などの戦略的輸出コモディティの管理を始めています。しかしプラボウォ大統領は、今後すべての戦略的輸出コモディティをDSIの監視・管理対象にする方針を示しています。
現時点の資料だけでは、水産物が具体的にDSIの対象になるとは書かれていません。ここは断定を避けたいところです。
ただし政権全体を見ると、「インドネシアの資源輸出について、量・価格・外貨収入をこれまで以上に国家が把握する」という方向性が強まっているように見えます。将来的には水産物輸出にも影響してくる可能性があります。
チャンスは「漁獲」より、その後ろにある
ここからはビジネス視点です。
今後伸びる可能性があるのは、
冷凍・冷蔵設備
製氷
コールドチェーン
冷凍車
水産加工
漁船・船外機
漁具
品質管理・トレーサビリティ
HACCPなどの輸出認証
漁業資源管理
といった分野です。
つまり、魚を獲るビジネスだけでなく、「獲った後」を支える産業に大きな需要が生まれる可能性があります。これは日本企業にとっても非常に重要な視点だと感じています。
ただし「政府が作れば動く」わけではない
1,386の漁村、1,582隻の漁船、3万の協同組合。数字は非常に大きい。
私自身、これまでインドネシアの水産現場を回るなかで、「設備はあるのに十分に使われていない」というケースを何度も見てきました。
設備を作ったが使われない
冷凍庫はあるが電気代が払えない
加工場はあるが原料が集まらない
こうした問題は、設備そのものよりも、その後の運営に原因があることが少なくありません。
設備投資以上に重要なのは、誰が運営するのか、誰が原料を集めるのか、誰が買うのか、そして採算が合うのか、という点です。ここは現場で水産事業をしている立場から、あえて強調しておきたいところです。
「魚がある国」から「水産業で稼ぐ国」へ
プラボウォ政権の水産政策を一つひとつ見ていくと、
漁村整備 → 漁船近代化 → 協同組合 → コールドチェーン → 加工 → 輸出
という一本の線が見えてきます。
インドネシアはもともと水産資源の乏しい国ではありません。むしろ問題は、豊富な水産資源を、十分な付加価値に変えられていなかったことです。
だから今回の政策の本質は、単に「魚をもっと獲る」ことではなく、「獲った魚を価値に変える仕組みまで国家として作る」ことなのではないか。
そして本当にそれが実現すれば、インドネシア水産業は、今後5〜10年でかなり違った姿になる可能性があります。
問題は、壮大な計画を作れるかどうかではありません。作った仕組みを、現場で持続的に回せるかどうか。
私はそこに、これからのインドネシア水産業の成否がかかっているように思います。