マカッサルという、第二の故郷 50歳を過ぎて見つけた、もう一つの居場所

Indonesia Makassar

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50歳から人生を変えてみた 第7話

日本へ一時帰国すると、時々こう聞かれます。

「どうしてマカッサルなんですか?」

確かにその通りです。インドネシアと聞けば、多くの人はジャカルタやバリを思い浮かべます。私自身も、初めてインドネシアへ来た頃は、まさかマカッサルに住むことになるとは思っていませんでした。

仕事のためにやって来ただけでした。

しかし気が付けば、2015年から足を運び始めて10年。最初の5年は仕事で通い続け、今はもう5年以上この街で暮らしています。今ではジャカルタへ行くより、東京へ帰るより、マカッサルへ戻る方が「帰ってきた」という感覚になることがあります。

なぜなのでしょうか。

最初は好きでも何でもなかった

正直に言うと、最初からマカッサルが好きだったわけではありません。

暑い。渋滞する。歩道は少ない。停電もある。水が止まることもある。

初めて長く滞在した時は、「本当にここで生活できるのだろうか」と思いました。東京や大阪のような便利さはありません。バリのような華やかさもありません。観光地として紹介されることも少ない。日本人もそれほど多くありません。

それなのに、なぜ私はここに住み続けているのでしょうか。

ほどよく田舎で、ほどよく都会

マカッサルは、インドネシア東部の拠点都市です。人口は約150万人。ジャカルタのような巨大都市ではありませんが、スーパーもある、病院もある、空港もある。必要なものは揃っています。

一方で、車で少し走れば、すぐに自然が広がります。海岸線が続く。山が見える。漁村がある。都市の利便性と、自然の近さが共存している。

日本で言えば、そういう地方都市の感覚に少し似ています。私はもともと、東京のような大都市よりも、そういう場所の方が性に合っていたのかもしれません。マカッサルに来て、初めてそのことに気づきました。

夕日の話

私はマカッサルの夕日が好きです。特にロッテルダム要塞の海沿いから見る夕日は格別です。空がオレンジ色に染まり、海面がゆっくり赤く変わっていく。何度見ても飽きません。

日本にいた頃、私は夕日を眺める時間などほとんどありませんでした。仕事をしているか、移動しているか、帰宅途中か。夕方は常に「次の何か」に向かっている時間でした。

しかしマカッサルへ来てからは違いました。仕事が終わった後、海辺に座って何も考えない時間が生まれました。今日も終わったな、そんなことを思いながら沈む太陽を見ている。

それは効率的な時間ではありません。でも、日本では手に入らなかった時間でした。

第6話で書いた「時間の話」ともつながっています。私はこの街で、人生を急ぎ過ぎなくてもいいのだと少しずつ学んだ気がしています。

海と山と、タコがいる場所

私がタコのビジネスをしているのは、偶然ではありません。

マカッサルが面するマカッサル海峡は、豊かな漁場です。タコが獲れる。魚が獲れる。海産物が豊富です。朝、漁師さんが水揚げしたタコを見ていると、この海がいかに豊かであるかを実感します。

一方で、街の東側には山々が連なっています。海があって、山があって、街がある。それがマカッサルです。

私が水産業をここで始めたのも、この環境があったからこそです。日本で積み上げてきた水産の経験と、マカッサルの豊かな海が、ここで結びついた。場所と仕事が、自然に合っていたのです。

人との距離が近い街

もう一つ、マカッサルが好きな理由があります。人との距離感です。

マカッサルの人たちは、とにかく人懐っこい。初対面でも気軽に話しかけてくる。困っていれば助けてくれる。家族や友人をとても大切にする。

ビジネスでは苦労することもあります。時間感覚の違いに悩むこともあります。それでも、人とのつながりを大切にする文化には、何度も助けられてきました。

支えてくれるスタッフがいた。一緒に海へ出てくれた漁師さんがいた。取引先がいた。近所の人がいた。そういう人たちがいたからこそ、今の自分があります。

第二の故郷とは何か

故郷とは、生まれた場所だけではないのかもしれません。長く住んだからでもない。

そこに自分の居場所があるかどうか。戻りたいと思える場所かどうか。それが故郷なのではないでしょうか。

私は日本人です。それは変わりません。しかし今の私には、日本だけでなくマカッサルもあります。2015年から通い続け、会社を作り、工場を作り、仲間ができ、多くの失敗を経験し、多くの人に助けられてきた街です。

人生の後半になって、まさか故郷が一つ増えるとは思いませんでした。でも今は、そう思っています。マカッサルは、私にとって第二の故郷です。

人生の後半で、故郷が増えた

若い頃の私は、人生とは決められた場所で生きていくものだと思っていました。

しかし50歳を過ぎて分かったことがあります。人生は何歳からでも広がる。住む場所も変えられる。働く場所も変えられる。そして故郷さえ、増えることがある。

それは若い頃には想像もしなかったことでした。

50歳で会社を辞めた私が手に入れたもの。それはお金でも成功でもありません。マカッサルという、もう一つの故郷でした。

あなたにも、まだ出会っていない「第二の故郷」があるかもしれません。

次回は、

「海外で暮らして初めて分かった、日本のすごさ」

について書いてみたいと思います。

日本を離れたからこそ見えてきた、日本という国の強みについてです。

「50歳から人生を変えてみた」連載一覧

📖 第1話 50歳で会社を辞めた。

📖 第2話 人生を変えたのは起業ではなかった

📖 第3話 50歳で会社を辞めた私が最初に失ったもの

📖 第4話 「失敗したらどうしよう」と何度も考えた夜

📖 第5話 50歳からでも人生はやり直せるのか

📖 第5話 50歳からでも人生はやり直せるのか

📖第6話 初めて見えてきた「時間」の話

記事の最後
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