第55回インドネシア渡航。短い日本滞在の終わりと、再び動き出す日常
短い一時帰国というものは、不思議なもので、終わりが近づくほどに時間の流れが加速していきます。
来たばかりの頃は「まだ少し時間がある」と思っていたはずなのに、気がつけば出発の日を迎えている。今回も、そんな感覚のまま日本を後にすることになりました。
今回でインドネシア渡航は五十五回目になります。
回数だけを見れば、すでに「特別な旅」ではありません。しかし、不思議なことに、出発前の感覚は今でも毎回少しずつ違います。慣れと緊張、その両方が混ざった、独特の感覚です。
出発は、すでに日常の延長線上にある
今回の出発は、昼前に自宅を出て、そのままバスで成田空港へ向かうルートを選びました。

乗り換えがなく、荷物を抱えて階段を上り下りする必要もありません。ただ座っていれば、空港まで連れて行ってくれる。このシンプルさは、長距離移動が日常になった今の自分にとって、非常にありがたいものです。
車内を見渡すと、乗客はわずかでした。
便利なダイヤではあるものの、利用者は多くない。地方の交通インフラが抱える現実を、こうした場面でふと実感します。
移動の「便利さ」と「持続性」は、必ずしも同じではないのだと、改めて感じさせられます。

空港に着くと、役割が切り替わる

成田空港に到着すると、まずはチェックインを済ませます。
荷物を預けると、身体の重心が少し上がるような感覚があります。物理的に身軽になるだけでなく、気持ちの上でも「ここからは移動に集中するフェーズ」に入るからでしょう。

チェックイン後は、コーヒーを買ったり、ちょっとした買い物をしたりしながら、空港内を歩きます。
この時間は、仕事でも観光でもない、どちらでもない時間です。日本での用事はほぼ終わり、かといって、まだインドネシアに戻ったわけでもない。その「間」にいる感じが、空港独特の空気を作っています。
ラウンジは、移動のための「調整室」
出国後、最初に立ち寄ったのはサクララウンジでした。

以前に比べて人の多さが目立ち、落ち着いて過ごすというより、次のフライトに向けて流れていく場所、という印象が強くなっています。軽く腹ごしらえをし、最低限の休憩を取るには十分ですが、長居する気分にはなりませんでした。
そこで、キャセイラウンジへ移動します。

こちらは人が少なく、空間に余白があります。照明も柔らかく、音も抑えられていて、自然と呼吸が深くなります。
ラウンジというのは、単なる「無料の飲食スペース」ではなく、移動前に心身を調整するための場所なのだと、こうした違いを体感するたびに思います。
出発前の一杯が、気持ちを整える

ラウンジでグラスを傾けながら、窓の外を見ると、冬の成田はすでに夕方の色に変わりつつありました。
一月は日が落ちるのが早く、空港全体がやわらかなオレンジ色に包まれていきます。
この時間帯は、自分にとって一種の「儀式」のようなものです。
短い日本滞在を終え、これからまた海外の日常へ戻る。その切り替えを、静かに受け入れるための時間でもあります。

移動は、止まらない方が楽なこともある
今回のルートは、成田からジャカルタへ向かい、現地で一泊せずにそのままマカッサルまで移動する計画です。
ジャカルタで一度休めば、身体的には楽かもしれません。しかし、移動が分断されることで、リズムが崩れることもあります。
止まらずに一気に移動するのは、体力的にも精神的にも負荷がかかりますが、リズムが保たれるというメリットがあります。
「楽をする」ことと「整う」ことは、必ずしも同じではありません。どちらを選ぶかは、その時の自分の状態次第です。
乗り継ぎは、自分ではコントロールできない
ジャカルタでの乗り継ぎ時間は短く、正直なところ、余裕があるとは言えません。
ただ、この手の不確定要素は、気にしすぎても仕方がない部分でもあります。自分にできるのは、前段階を丁寧に進めておくことだけです。
早めに空港へ入り、チェックインを済ませ、静かな場所で過ごす。
そうすることで、移動全体の成功率は確実に上がります。
不安をゼロにすることはできませんが、不安を増やさない設計は可能です。
日本滞在の終わりは、静かにやってくる
日本滞在が終わる瞬間というのは、意外なほど静かです。
離陸の瞬間に感情が大きく動くわけでもなく、特別な区切りがあるわけでもありません。
バスに乗った時。
荷物を預けた時。
ラウンジで静かな時間に切り替えた時。
そのどこかで、すでに終わっています。
この旅は、まだ途中にすぎない
搭乗口へ向かい、これからジャカルタへ向けて出発します。
その先にあるマカッサルの日常は、すでに頭の中で動き始めています。
この移動が無事につながるのか。
そして、次にどんな景色が待っているのか。
