なぜマカッサルのスーパーには、焼きたてパン屋が少ないのか
ジャカルタにあって、マカッサルにないもの
マカッサルのMall Ratu Indahの「TOUS les JOURS」に立ち寄ると、店内は思った以上に混雑していました。TOUS les JOURSは、フランス語で「毎日」を意味する店名を掲げた韓国系のベーカリーチェーンで、CJグループが展開しています。フランス風の洒落た店構えとパッケージを武器に、インドネシアをはじめ、東南アジア各地のモールに店舗を広げています。
レジには列ができ、トレイを手にした客が次々とカレーパンや揚げパンを選んでいきます。値札を見ると、1個25,000〜35,000ルピア。インドネシアの物価感覚からすれば、決して安い金額ではありません。それでも人が途切れることはありませんでした。
試しに買って食べてみると、生地はやわらかく、中の具もしっかり入っています。特別な味というわけではありませんが、日本人にもすんなりなじむ味でした。韓国系のブランドが、こうして東南アジアの地方都市にまで根を張っていることに、正直少し驚きました。

インドネシアには「惣菜パン」が少ない
そもそもインドネシアのパン屋を思い浮かべると、チョコ、チーズ、クリーム、コーヒー味といった甘いパンが中心です。日本で当たり前のように並んでいるカレーパン、コロッケパン、焼きそばパン、たまごサンドのようなパンは、あまり見かけません。
背景には、「食事はご飯、パンはおやつ」という感覚があるのだと思います。インドネシアでは今も主食の中心は米や麺で、朝食にはナシクニン、ブブル、ロントン、ミーなどが安く手に入ります。パンは毎日の食事というより、間食や子どものおやつという位置づけに近いのです。
だからこそ、TOUS les JOURSのようにカレーパンや揚げパン系を前面に出す店が、マカッサルでも十分に受け入れられているという事実は興味深いところです。惣菜パンという食文化そのものが根付いていないわけではなく、選択肢が単に少なかっただけなのかもしれません。
日本ではスーパーのパン屋が充実している
日本のスーパーに行けば、入口付近や総菜売場の近くに、たいてい店内ベーカリーがあります。焼きたての食パン、惣菜パン、菓子パンが何十種類も並び、買い物のついでに翌朝の食パンや、その日の昼食用のパンを買っていく人は多いものです。スーパー側にとってもパンは、来店頻度やついで買いを増やすための重要な商品です。
ところが、同じインドネシアでも、この売場のあるなしには差があります。ジャカルタ首都圏には、日系スーパー「AEON STORE」や「Papaya Fresh Gallery」が複数店舗を構えており、寿司、天ぷら、揚げ物、弁当、パンといった、日本のスーパーさながらの惣菜・ベーカリー売場を持っています。しかもこれらは日本人駐在員だけでなく、インドネシア人の客にも人気があるといいます。
つまり「スーパーの焼きたてパン屋」自体は、インドネシアに存在しないわけではありません。ジャカルタには、すでにその答えがあります。問題は、AEONもPapayaも、まだマカッサルには一軒も出店していないことです。マカッサルのスーパーで目立つのは、Sari Rotiをはじめとする袋入りパンです。日本のスーパーのように、焼きたての惣菜パンを何十種類も並べる売場には、少なくとも私はまだ出会っていません。
なぜマカッサルには、まだその売場がないのか
理由はいくつか考えられます。
まず、パンを毎日の主食として買う人が、日本ほど多くないこと。安くて満足感のある主食がほかにいくらでもあるので、地場のスーパーが設備や人員を投じてまで店内ベーカリーを運営する動機が弱いのです。
次に、店内ベーカリーの運営自体が簡単ではないこと。多品種を少量ずつ焼くには職人と設備が必要で、高温多湿の気候は発酵や品質管理を難しくします。小麦粉やバター、チーズといった原料は輸入依存になりやすく、日本と同じ品質を目指せば価格も上がります。カレーパンやコロッケパンとなれば、具材の仕込みや揚げ物設備、ハラール対応まで含めて、製造はさらに複雑になります。
そしてもう一つ大きいのが、業態としての役割分担です。AEONやPapayaのような日系スーパーは、総菜、弁当、寿司、ベーカリーを自社の重要部門として抱え込みます。一方インドネシアの地場スーパーでは、パンは自ら育てるより、Holland BakeryやBreadTalk、TOUS les JOURSのような専門店に任せる形が主流になっています。特にモールでは、パン屋はスーパーの一部門ではなく、独立したテナントとして成立しています。マカッサルにこの売場がないのは、ノウハウを持つ日系スーパー自体がまだ進出していない、という単純な理由も大きいでしょう。
しかし、需要はすでに存在している
ここで冒頭のTOUS les JOURSの話に戻りたいと思います。1個25,000〜35,000ルピアのパンがあれだけ売れているという事実は、「インドネシアでは高いパンは売れない」という思い込みを裏切っています。
少し高くても、おいしくて清潔で、見栄えのするパンを買う中間層は、マカッサルにもすでに育っています。もちろん、専門店で高価格帯のパンが売れることと、スーパーの店内ベーカリーが採算に乗ることは同じではありません。それでも、品質の良いパンに25,000〜35,000ルピアを払う層が、マカッサルに存在することは確かでしょう。
日本のパン屋にもチャンスがある
だとすれば、日本式のベーカリーにもチャンスはあるはずです。TOUS les JOURSと同じ商品を並べる必要はありません。カレーパン、コロッケパン、たまごサンド、あんパン、塩パン、日本式の食パンなど、日本が得意とする商品に絞るだけでも差別化できます。
特にカレーパンは、インドネシアとの相性がよさそうです。チキンカレーやツナカレーを中心に、ハラールに対応した商品を設計すれば、インドネシア市場にも合わせやすいでしょう。インドネシアには揚げ物を間食として食べる「gorengan」の文化があり、揚げたパンを受け入れる土壌はもともとあります。
ただし、課題は味や価格だけではありません。TOUS les JOURSはCJグループの資本力を背景に、モールの好立地、明るい売場、包装、商品の見せ方まで一貫して作り込んでいます。日本の中小ベーカリーが単独で同じ展開をするのは難しいでしょう。
現実的なのは、インドネシア企業が店舗開発と販売を担い、日本側がレシピ、冷凍生地、製造教育を提供する形かもしれません。最初は小型店や催事販売で、カレーパンや塩パンなど数品に絞って反応を見る。マカッサルであれば、そうした小さな実験から始める余地は十分にありそうです。
おわりに
韓国企業のCJは、フランス語の名前をつけたベーカリーを、マカッサルのようなジャワ島外の都市にまで持ち込み、地元の人たちにしっかりと受け入れられています。一方、ジャカルタにはAEONやPapayaという形で日本式の惣菜・パン売場がすでに根を下ろしているのに、マカッサルにはまだそれが届いていません。
マカッサルのMall Ratu Indahでカレーパンを食べながら、少し不思議に思いました。
マカッサルで日本のパンが売れないのではありません。日本式のパンを日常的に選べる売場が、まだこの街にないだけなのかもしれません。
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