マカッサル沖は、なぜ豊かな漁場なのか。風の地図から考えてみた
風の地図から始まった小さな疑問。サンゴ礁の浅瀬、川と季節風、漁師の島、そして大都市。マカッサル沖が豊かな漁場である理由を、タコの仕事をする立場から調べてみました。
何気なく「Zoom Earth」で風の地図を眺めていました。天気予報を見るつもりだったのが、気づけばスラウェシ島の南のあたりをじっと見ていました。

マカッサルの表示は15km/h。ところが、少し南のジェネポントは29km/hです。距離はそれほど離れていないのに、風の強さがずいぶん違います。
地図をよく見ると、マカッサルの東側、内陸の山地に沿って、風の弱い紫色の帯が南北に伸びています。西は海に開けていて、東には山がある。もしかすると、この山が風をさえぎっているのではないか。
そう考えたところで、もうひとつ気になり始めました。この地形は、マカッサルの魚の多さとも何か関係があるのだろうか、と。
タコの仕事をしていると、「マカッサルの海は豊かだ」という話をよく耳にします。私自身もそう感じてきました。ただ、なぜ豊かなのかを、きちんと考えたことはありませんでした。
ちなみに、山が風をさえぎっているというのは、あくまで私の仮説です。海風や陸風の影響もあるでしょうし、地図一枚で決めつけることはできません。
島より大きな浅瀬
次に、衛星写真でマカッサルの沖を見てみました。

街の目の前の海に、小さな島がたくさん浮かんでいます。マカッサル沖のスペルモンデ諸島です。
さらに拡大してみると、面白いことに気づきました。

島そのものは小さいのですが、その周りに明るい色の浅瀬が広がっていて、島よりもずっと大きいのです。以前に訪れたパナンブンガン島も、この写真に小さく写っています。
調べてみると、この島々はサンゴ礁を土台にしてできています。サンゴが長い時間をかけて石灰質の骨格を積み上げて礁をつくり、そこにサンゴのかけらや貝殻などからできた砂が、波で運ばれて積もります。そうして低い島ができあがるのだそうです。
私は最初、「サンゴ礁が隆起してできた島」だと思っていました。ただ、調べた文献では、サンゴ礁の上に砂やサンゴのかけらが堆積して島ができる過程が説明されていました。「隆起」という一言では、うまく説明できないようです。
船で訪れたときに見ていた島は、この広い礁の一部分だったのです。
川がプランクトンを運ぶ、だけではなかった
最初、私はこう考えていました。山から川が流れてきて、プランクトンが沖に出て、それがサンゴ礁の浅瀬にたまる。だから魚やタコが多いのだろう、と。
調べてみると、川の役割は、私が考えていたものと少し違いました。
川が運んでいるのは、プランクトンそのものより、プランクトンを育てる栄養です。陸から海に流れ込んだ栄養で植物プランクトンが増え、それを小さな生き物が食べ、さらにそれを魚が食べる。川から届く栄養も、沿岸の食物連鎖を支える一つの要素になっているわけです。
ただ、栄養は多ければいいというものでもありません。土砂や栄養が多すぎると、水が濁ったり、サンゴが弱ったりします。川からの流入は、サンゴ礁にとって負担になることもあるようです。
もうひとつ知ったのは、季節風と海流の影響です。マカッサル海峡の南のほうでは、南東の季節風が吹く時期に、深いところの栄養の多い海水が上がってくる現象が起きるそうです。海が豊かになるのは、川だけのおかげではありませんでした。
そして、サンゴ礁の役割は「プランクトンがたまる場所」というより、「生き物のすみか」です。入り組んだサンゴ礁や、その周りの砂地は、魚の隠れ場所になり、餌場にもなります。
タコも同じで、岩やサンゴのすき間に身を隠し、カニや貝を食べて暮らしています。餌があること、そして隠れる場所があること。その両方がそろっているのが、マカッサルの沖なのだと思います。
調べると、裏付けがありました
地形や海の仕組みに加えて、実際の漁業についても調べてみました。
2017年に発表された漁船のGPS追跡研究では、スペルモンデ諸島が、インドネシア有数のサンゴ礁漁業を支える海域として紹介されていました。論文には、この海域で20種類以上の漁法が使われ、季節や天候に応じて使い分けられているとも書かれています。
タコについても、ランカイ島とランジュカン島の周辺で資源を調べた研究がありました。タコ漁業が行われる海域ですが、2023年の調査では、資源の状態は総合的に「中程度」と評価されています。
少なくとも、マカッサル沖が重要な漁場であることは、地図からの印象だけでなく、研究からも確認できました。
漁場のすぐ隣に、大都市がある
調べていくうちに、私がいちばん面白いと感じたのは、地形よりも、街と海の距離の近さでした。
マカッサルは人口の多い大都市です。ショッピングモールがあり、渋滞があり、夜遅くまで人が行き交っています。そのすぐ沖に、サンゴ礁の島々が広がっていて、そこには漁業で暮らす人がたくさんいます。研究当時の数字ですが、54の島に5万人以上が住んでいるそうです。
島の漁師にとって、街は魚を売る市場になります。街には、島で取れた魚が集まってきます。漁場と、漁師の暮らす島と、魚を食べる街。その三つが、船でわずかな距離のところにまとまっています。
マカッサルは、都市と漁場の距離がとても近い街です。
タコを扱う仕事をしていると、この近さは実感として分かります。取れたものが、すぐに街に届く。海の様子が、そのまま仕事に響いてきます。
海を読む人たちが、海を渡った
ここで、マカッサル人やブギス人の航海の歴史を思い出しました。
彼らは昔から航海と交易で知られてきました。ピニシと呼ばれる木造帆船は、その海の文化を象徴する存在です。
漁をするにも、遠くへ交易に出るにも、風を読み、潮を読み、船を操る力が要ります。豊かな海の目の前で暮らし、毎日のように海に出ていた人たちだからこそ、海を渡る力も身についたのではないでしょうか。
漁業から交易が発展したとまで言えるかは分かりません。ただ、どちらにも海をよく知る経験が生かされていたのだろうと思います。
豊かな海でも、毎日豊漁とは限らない
とはいえ、「豊かな海」と「いつでもたくさん取れる」は別の話です。
天気が荒れれば船は出られません。季節によって取れる量も変わります。仕事をしていると、それは毎年のように感じることです。
先ほどのタコ資源の評価も「中程度」でした。2007年の研究では、スペルモンデの食用活魚について、取りすぎがすでに指摘されています。
好漁場であっても、資源が回復する量を超えて取れば、減っていきます。サンゴ礁を守り、取りすぎないようにしなければ、いずれは失われてしまいます。タコを扱う者として、そこは他人事ではありません。
今日はたまたま風の地図を開いただけでした。それでも、見慣れたマカッサルの海が、少し違って見えるようになりました。
沖に浮かぶ小さな島。その周りには、島よりずっと広い礁があり、そこで魚やタコが育ち、漁師たちが暮らしています。私が毎日扱っているタコも、その海から届いているのだと、あらためて思いました。
参考
・スペルモンデ諸島の島の形成と地形(2017年)
・スペルモンデ諸島の漁船GPS追跡による漁業調査(2017年発表)
・スペルモンデ諸島の水質・サンゴ礁調査(2018年)
・マカッサル海峡南部の湧昇の仕組み(2015年公表)
・ランカイ・ランジュカン周辺のタコ資源評価(2025年)
・スペルモンデ諸島の食用活魚資源の利用と過剰漁獲(2007年)