もうすぐ見納めか。ジャカルタを走る元営団地下鉄6000系に乗ってきた
見覚えのある顔が近づいてきた
高架のホームで電車を待っていると、遠くのカーブから一本の電車が近づいてきました。赤と白のKAI Commuterの塗装ですが、正面の形に見覚えがあります。運転席の窓が大きく、左側に細い窓と扉がある、少し左右非対称な顔です。

かつて東京の千代田線を走っていた、営団地下鉄6000系でした。
行き先表示には「JAKARTA KOTA」とあります。保存車両でもイベント列車でもなく、ふだんの通勤電車として、当たり前のようにホームに入ってきました。
東京ではもう乗れない電車が、ここでは毎日の足として働いています。私は鉄道ファンというほどではありませんが、それでも思わずスマホを構えていました。
営団6000系という電車
少しだけ歴史をまとめておきます。
6000系は1968年に試作車が登場し、1971年から千代田線で営業運転を始めました。アルミ製の車体など、当時としては新しい技術を数多く採用し、1972年には鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。千代田線だけでなく、JR常磐線や小田急線にも乗り入れていました。
東京の地下鉄を長く支えた代表的な車両でしたが、日本では2018年に営業運転を終えました。そして多くの車両がインドネシアへ渡り、ジャカルタの通勤電車として第二の人生を歩み始めました。
私が乗ったのは「6117編成」

せっかくなので、この電車に乗ってみることにしました。
乗る前に、車体の横に書かれた表記を見てみました。車両番号は「6917」。その下にはインドネシアの管理番号とともに、「TP 1971」と記されています。TPはインドネシア語の「Tahun Pembuatan」、つまり製造年を示す表記です。

一方、日本側に残る車歴では、6117編成は1972年9月に製造されたことになっています。インドネシア側の登録表記とは1年の違いがありますが、いずれにしても半世紀以上前に造られた電車です。東京の地下を40年以上走り、2016年に海を渡って、ジャカルタでさらに約10年。場所を変えながら、人を運び続けてきました。
私は1970年生まれです。この電車とは、ほぼ同い年になります。自分と同じだけの年月を重ねた車両が、海を渡り、今も現役で走っていると思うと、不思議な親近感が湧きました。
古い電車、とひと言でいうのは簡単ですが、目の前の一両に自分とほぼ同じ時間が詰まっていると思うと、見え方が変わりました。
車内に残る、東京の地下鉄の面影
車内に入ると、まず目に入ったのは三角形のつり革です。日本の通勤電車でおなじみの形で、手に取ると昔の千代田線を思い出しました。
天井を見上げると、冷房の吹き出し口と並んで扇風機が付いています。いまの新しい電車ではまず見かけない設備です。

ただ、乗客にとってはこれが特別な電車というわけではありません。ヘッドホンをして目を閉じている若い人、スマホを見ている女性、並んで座って話している二人。みなさん、いつものKRLに乗っているだけです。懐かしいと感じているのは、たぶん車内で私ひとりでした。
なぜ日本の電車がジャカルタを走っているのか
ジャカルタ首都圏では、人口の増加とともに通勤需要が急増し、鉄道の輸送力を確保することが大きな課題になっていました。そこで日本から中古の通勤電車が次々と導入され、KRLの輸送を支えてきました。6000系もそのひとつで、2010年代のはじめから順次ジャカルタへ渡りました。
「日本の古い電車を大事に使ってくれている」という話として語られることが多いのですが、実際にはもっと現実的な理由です。急速に広がる都市圏の通勤輸送を、すぐに大量にまかなえる車両が必要だった。10両の長い編成で大勢を運べる日本の電車は、その役割にちょうど合っていたのだと思います。
進むKRLの世代交代
ただ、その日本の電車も少しずつ数を減らしています。

KRLでは中国CRRC製の新型車両が導入され、インドネシア国産のINKA製車両も増えてきています。日本から渡った古い車両は、順番に運用を離れているところです。6000系も、最も多かったころに比べるとかなり少なくなりました。
残っている編成がいつ完全に引退するのか、正式な発表はまだありません。それでも新しい車両が着実に増えていることを考えると、日本の古い電車を日常の風景として見られる時間は、それほど長くはないのかもしれません。
半世紀前の電車が、今日の通勤を運ぶ
降りた駅でふと振り返ると、先頭車の「6017」が停まっていました。隣の線路を別の電車が勢いよく通り過ぎていきます。

ホームでは人が当たり前のように乗り降りし、買い物袋を提げた女性が足早に歩いていきます。東京の鉄道の歴史を知る人にとっては貴重な車両でも、ここでは今日の通勤や通学、買い物を支える電車です。
次に来たときも走っているとは限らない
日本では2018年に引退した6000系が、ジャカルタでは今もお客さんを乗せて走っています。けれども、次にジャカルタに来たとき、同じ電車に会えるかどうかは分かりません。
最新のLRTが路線を伸ばし、100年前の駅舎が今も使われ、その同じ街を半世紀前に日本で造られた電車が走っています。
次にこのホームに立ったとき、6000系はまだ走っているでしょうか。できることなら、もう一度あの左右非対称の顔を見たいと思います。
