中国企業がインドネシア離れを検討?プラボウォ政権が資源ビジネスを締め付ける本当の理由
中国企業がインドネシア以外のニッケル調達先を探し始めたという報道が話題になっています。背景には、プラボウォ政権による資源管理強化と国家歳入確保の動きがあります。なぜ今、インドネシア政府は資源企業への締め付けを強めているのか。そしてその影響はニッケル業界だけに留まらないのか。インドネシアで事業を行う立場から考察します。
はじめに
最近、インドネシアのニッケル産業に関する興味深いニュースがありました。
ロイター通信(2026年6月5日)によると、これまでインドネシアのニッケル産業を支えてきた中国企業が、マダガスカルやタンザニア、ニューカレドニアなど、インドネシア以外の投資先を検討し始めていると報じられています。
背景には、プラボウォ政権による採掘枠規制の強化やロイヤルティ引き上げ、資源管理政策への懸念があるとされています。
「またニッケルの話か」
と思う方もいるかもしれません。
しかし私は、このニュースは単なる鉱業ニュースではないと思っています。
なぜなら、その背景にはプラボウォ政権が進める国家財政強化政策と、これからのインドネシア経済の方向性が見えてくるからです。
私は現在、インドネシアで水産加工会社を経営していますが、このニュースを見ながら「これはニッケルだけの話ではないな」と感じました。
今回は、中国企業がなぜインドネシア以外に目を向け始めたのか、その背景にあるインドネシア政府の考え方について整理してみたいと思います。
中国企業がインドネシア以外を探し始めた
中国企業はこの10年でインドネシアのニッケル産業を大きく変えました。
かつてインドネシアはニッケル鉱石の輸出国でしたが、中国資本による巨額投資によって製錬所が建設され、現在では世界最大のニッケル生産国となっています。
ロイター通信によると、中国の青山鋼鉄(Tsingshan Group)はマダガスカルでの大型開発を検討しており、力勤資源(Lygend Resources)はタンザニアやニューカレドニアでの案件を調査していると報じられています。
もちろん、現時点でインドネシアから撤退するわけではありません。
しかし、
「インドネシアだけに依存するのはリスクが高いのではないか」
という考え方が広がり始めていることは確かでしょう。
その背景にあるのが、プラボウォ政権による資源管理強化です。
インドネシア政府はなぜ規制を強めるのか
プラボウォ大統領は就任以来、大規模な国家プロジェクトを次々と打ち出しています。
その代表例が全国の小中学生を対象とした無償給食プログラムです。
この政策は将来の人材育成という意味では非常に重要ですが、一方で莫大な予算が必要になります。
さらに、
・首都移転計画
・インフラ整備
・防衛費の増加
・地方開発
など、多くの財政支出が控えています。
当然ながら、その財源を確保しなければなりません。
そこで政府が注目しているのが天然資源です。
ニッケル、石炭、パーム油など、インドネシアは世界有数の資源大国です。
政府から見れば、
「これだけの資源があるのだから、国家の取り分をもっと増やすべきだ」
という発想になるのは自然な流れとも言えます。
その結果、
・採掘割当の厳格化
・ロイヤルティ引き上げ
・輸出管理強化
・価格統制強化
といった政策が次々と打ち出されています。
ダナンタラ構想が目指すもの
こうした動きを見ていると、私はダナンタラ構想とも深く関係しているように感じます。
ダナンタラは、プラボウォ政権が設立した国家投資ファンドです。
国営企業の資産や利益を集約し、国家戦略に沿って運用することを目的としています。
プラボウォ政権は単に税収を増やしたいのではなく、
「国家資産を活用して国を成長させたい」
と考えているのでしょう。
そのためには、資源から得られる利益をこれまで以上に国家側へ取り込む必要があります。
ニッケルや石炭への規制強化は、その流れの一部として理解すると分かりやすいかもしれません。
国営企業への権限集中が進むインドネシア
ジョコウィ政権時代も国営企業は重要な役割を担っていました。
しかし近年は、その存在感がさらに大きくなっています。
資源管理、インフラ整備、国家戦略事業など、重要な分野では国営企業が中心的な役割を果たすケースが増えています。
2026年には石炭やパーム油など一部資源の輸出を国家管理下で一元化する構想も議論されました。
政府から見れば、
「重要資源を国家の管理下で運営したい」
という考え方です。
一方で投資家からすると、
「市場原理よりも政策判断が優先されるのではないか」
という懸念につながります。
今回、中国企業が代替投資先を模索し始めた背景には、税金や採掘規制だけではなく、こうした政策の方向性そのものに対する不安もあるのでしょう。
それでも中国企業は簡単に離れられない
ただし、今回の報道で面白いのは、中国企業も簡単にはインドネシアを離れられないという点です。
なぜなら、インドネシアには他国にはない強みがあるからです。
米国地質調査所(USGS)の統計によると、インドネシアの世界ニッケル生産シェアは2020年の約30%から2025年には60%超まで拡大しました。
現在、世界のニッケル生産の半分以上をインドネシアが占めています。
さらに、
・港湾
・発電所
・製錬所
・工業団地
・労働力
が既に整っています。
これを他国で一から整備するには莫大な時間と資金が必要です。
ロイター通信によれば、タンザニアの大型ニッケル案件は生産開始まで約6年を要すると見込まれています。
つまり中国企業も、
「インドネシアのリスクは感じている」
しかし、
「代替できる国もない」
という難しい状況に置かれているのです。
今回の動きは撤退というよりも、保険を掛け始めたという表現の方が正しいのかもしれません。
水産業にも無関係ではない話
私は水産業に携わっていますが、このニュースは決して他人事ではありません。
なぜなら、国家が資源から得られる利益を増やそうとする考え方は、鉱物資源だけに限らないからです。
インドネシアは世界有数の漁業国でもあります。
タコ、エビ、マグロ、海藻など、多くの水産資源を持っています。
もし将来、
「国内加工を増やしたい」
「輸出利益をもっと国内に残したい」
という政策が強くなれば、水産業にも同じような動きが出てくる可能性があります。
もちろん現時点ではそのような議論は限定的ですが、政府の方向性を見ていると、全くあり得ない話ではないと思います。
インドネシアで事業をする上では、自社の業界だけを見るのではなく、政府がどこへ向かおうとしているのかを理解することがますます重要になっていると感じます。
インドネシアは次のステージに入ったのかもしれない
私が初めてインドネシアを訪れた2015年頃、この国はまだ「投資してくれるなら歓迎」という雰囲気が強かったように思います。
ジョコウィ政権のもとで道路や港が整備され、多くの外国企業が進出しました。
そして実際にインドネシア経済は大きく成長しました。
しかし現在は少し状況が変わっています。
投資は歓迎する。
しかし国家としての取り分も増やしたい。
その考え方が以前よりも強くなっているように見えます。
これはある意味で、インドネシアが次の発展段階に入った証拠なのかもしれません。
一方で、そのバランスを間違えれば投資家は離れていきます。
今回、中国企業が代替地を探し始めたというニュースは、その微妙なバランスを象徴する出来事だと感じています。
インドネシア政府はもっと利益を得たい。
中国企業は安定した事業環境を求めたい。
その綱引きはこれからも続くでしょう。
そして、その結果はニッケル産業だけでなく、インドネシアで事業を行う全ての企業に影響を与える可能性があります。
だからこそ私は、このニュースは単なる鉱業ニュースではなく、「これからのインドネシア」を考える上で非常に重要なニュースだと思っています。
参考資料
・Reuters(2026年6月5日)
Chinese investors behind Indonesia’s nickel boom scout alternatives as policy changes bite
・USGS(米国地質調査所)
Nickel Statistics and Information
・Bloomberg(2026年6月3日、5日)
インドネシア石炭輸出管理関連報道