インドネシア、富裕層のPertaliteを制限へ。では「お金持ち」をどう見分けるのか
2026年8月、インドネシア政府がまたこの話を持ち出しました。
政府が価格を抑えているガソリン「Pertalite(プルタライト)」の購入を、所得の高い世帯には制限する、という話です。
プルバヤ財務相は8月20日、国会予算委員会との会合後、まず所得・生活水準で上位10%にあたる層(インドネシア政府の統計では「Desil 10」と呼ばれます)から制限を始める考えを示しました。実はこの話、8月20日に突然出てきたわけではありません。8月11日の段階で、プルバヤ財務相とバフリル・エネルギー鉱物資源相はすでに協議していて、当初は上位20%の層をまとめて対象外にする案が検討されていました。それが8月20日、「まず上位10%から」というかたちで、より具体的になったのです。
「お金持ちへの補助」をやめたい政府
理由はいたってシンプルです。
十分な所得のある人のガソリン代まで、なぜ国が補助しなければならないのか。
これは理屈としてはわかりやすいところです。2026年のインドネシア政府のエネルギー補助金は210.1兆ルピア。プルバヤ財務相によれば、この上位10%への補助を止めるだけで、予算のおよそ10%(約21兆ルピア)を削減できる可能性があるといいます。
ただし、ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。これは「決定」ではなく「検討」だということです。エネルギー鉱物資源相のバフリル氏は8月19日時点で、購入制限はまだ検討段階で、最終決定には至っていないと説明しています。つまり現時点では、お金持ちが明日から買えなくなる、という話ではありません。
Pertaliteは、政府の支援によって価格が安く抑えられているガソリンです。2026年8月現在、価格は1リットル10,000ルピア。為替にもよりますが、日本円で90円前後です。
日本のレギュラーガソリンが2026年8月時点で1リットル170円前後なので、日本の半分強の価格です。しかもインドネシアでは、ワンランク上のガソリンになると価格が大きく上がります。
だから所得の高い人でも、「同じガソリンなら安い方を」とPertaliteを選ぶメリットがあります。政府からすれば、「十分な所得がある人のガソリン代まで、国が支援する必要があるのか」という話になります。バフリル氏も今回、「裕福な人が国民の権利を取るべきではない」という趣旨で、この点を問題視しています。
ガソリンスタンドで所得がわかるのか
私が正直、一番面白いと思ったのはここから先です。
「お金持ちへの補助をやめる」という理念そのものは、理屈としてはわかりやすいものです。ところが実際にガソリンスタンド(現地ではSPBUと呼ばれます)の現場で、「あなたは上位10%です」とどうやって判定するのでしょうか。
これ、調べてみると、政府もまさにそこを詰めている最中でした。
実はインドネシアでは、すでに四輪車のPertalite購入をQRコードで管理する仕組みが導入されています。事前に身分証明書や住民登録番号、車両登録証、ナンバープレートなどを登録すると、車両ごとにQRコードが発行されます。給油するときは、そのQRコードと車のナンバープレートを照合します。つまり、新しい制度になったとしても、ガソリンスタンドの店員が「月収はいくらですか」と客に直接聞く必要はありません。
政府は、すでに「どの登録者の、どの車がこの安いガソリンを買っているのか」をある程度管理できる仕組みを持っている、ということです。
問題は、この仕組みと「上位10%」をどう結びつけるかです。
政府が持っている社会経済データから、ある世帯が上位10%に該当すると分かったとしても、その人と、その人が乗ってきた車と、車両登録のQRコードを、どう一本の線でつなぐのでしょうか。
特にインドネシアでは、車の所有者本人ではなく、運転手が給油に行くことも珍しくありません。ただ、今の仕組みはQRコードを車両にひも付け、ガソリンスタンドではナンバープレートと照合する形になっています。だとすれば、問題は「給油に来た人がお金持ちかどうか」ではありません。
その車を、誰の所得にひも付けるのか。
夫名義の車。会社名義の車。中古車。家族名義の車。1人で複数台を所有するケースもあります。ここを整理しなければ、「上位10%を対象外にする」と言っても、実際の運用はかなり難しくなります。
これは今回のテーマをかなり象徴していると思います。実際、対象となる層をどう見分けるのか、その具体的な仕組みはまだ明確になっていません。
「所得」ではなく「車種」で判断?
そこで今、政府内で有力になっているのが「所得」ではなく「車種」で判断するという案です。
アイルランガ経済担当調整相は、「車種は所得層を反映する」という考えを示しています。要するに、
高級車に乗っている → 高所得者である可能性が高い → Pertaliteの対象外
という発想です。以前から、Pertaliteは排気量1,400cc以下(補助金付き軽油Solarは2,000cc以下)の四輪車に限るという案も議論されてきました。政府のエネルギー政策に関わる専門家からは、排気量や車種を基準にした場合、この燃料の消費量を10〜15%程度削減できるとの試算も出ています。これは政府が確定させた公式数値というより、こうした基準を検討する過程で出てきた試算の一つと見ておいたほうがよさそうです。
実は私自身、普段インドネシアでガソリンスタンドを見ていて、すでに「誰でも無条件にPertalite」という空気ではなく、車種によって扱いが変わってきているように感じることがあります。もちろんこれは私の現場感覚であって、全国共通の正式なルールがあるわけではありません。ただ、政府の議論の方向性と、体感がわりと一致しているのは興味深いところです。
車種=所得とは限らない
とはいえ、「車種=所得」と言い切れるかというと、それも単純ではありません。
AlphardやMercedes-Benzのような高級車なら、「これは対象外だろう」と考えるのは比較的わかりやすいでしょう。だが境界線に近づくと、途端に難しくなります。古い大型車に乗る低所得世帯と、新しい小型車に乗る高所得世帯。どちらを補助対象にすべきでしょうか。排気量で「1,400cc以下は対象、超えたら対象外」と機械的に線を引けば、制度としては非常にシンプルになります。しかしそれが本当に「所得に応じた補助」なのか、という問いは残ったままです。
整理すると、こういうことだと思います。
所得を基準にすれば、公平性は高く見えます。しかしデータ連携も本人確認も複雑になります。 車種・排気量を基準にすれば、ガソリンスタンドでの運用は簡単になります。しかし「車=経済力」とは限りません。
公平性を取れば制度は複雑になり、制度を簡単にすれば不公平が生まれる。これが、今回の改革が抱えている一番厄介な部分だと思います。
そもそも、なぜここまでしてこの安いガソリンを維持したいのでしょうか。インドネシアでは、燃料価格は単なる商品の値段ではありません。物価、物流費、バイク通勤、GrabやGojekといった配車サービスのドライバーの生活、地方住民の家計に直結しています。だから政府も、「明日から市場価格にします」とは簡単に言えません。かといって、高所得層にまで補助を続ければ、財政負担は膨らむ一方です。
だから今、政府が向かおうとしているのは、Pertaliteをなくす方向ではなく、本当に必要な人だけが安く買える仕組みに絞り込む方向なのだと思います。
「お金持ち」の境界線をどこに引くのか
インドネシアのガソリンスタンドに行くと、この安いガソリンの給油機には、今日も多くの車やバイクが並んでいます。
高級車を見れば、「この人に補助はいらないだろう」と思うのは簡単です。
でも、その境界線をどこに引くのでしょうか。所得なのか、車の値段なのか、排気量なのか。
「お金持ちへの補助をやめる」という政策は、理念としてはわかりやすいものです。難しいのは、その「お金持ち」を、実際の車や給油データとどう結びつけるかです。
所得で見るのか。車種で見るのか。排気量で見るのか。
「上位10%を対象外にする」と言うのは簡単です。でも、その境界線を現場でどう引くのか。
今回のPertalite改革は、案外そこが一番難しいのかもしれません。
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インドネシア、富裕層のPertaliteを制限へ。では「お金持ち」をどう見分けるのか
インドネシア政府が、所得上位10%を対象に安価なガソリン「Pertalite」の購入制限を検討しています。1リットル1万ルピアという安さを、本当に必要な人だけに届けたい政府。しかし、ガソリンスタンドで「お金持ち」をどう見分けるのでしょうか。所得、車種、排気量、QRコード、制度の狙いと、実際に運用する際の難しさを現地の視点から考えます。
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2026年8月、インドネシア政府がまたこの話を持ち出しました。
政府が価格を抑えているガソリン「Pertalite(プルタライト)」の購入を、所得の高い世帯には制限する、という話です。
プルバヤ財務相は8月20日、国会予算委員会との会合後、まず所得・生活水準で上位10%にあたる層(インドネシア政府の統計では「Desil 10」と呼ばれます)から制限を始める考えを示しました。実はこの話、8月20日に突然出てきたわけではありません。8月11日の段階で、プルバヤ財務相とバフリル・エネルギー鉱物資源相はすでに協議していて、当初は上位20%の層をまとめて対象外にする案が検討されていました。それが8月20日、「まず上位10%から」というかたちで、より具体的になったのです。
「お金持ちへの補助」をやめたい政府
理由はいたってシンプルです。
十分な所得のある人のガソリン代まで、なぜ国が補助しなければならないのか。
これは理屈としてはわかりやすいところです。2026年のインドネシア政府のエネルギー補助金は210.1兆ルピア。プルバヤ財務相によれば、この上位10%への補助を止めるだけで、予算のおよそ10%(約21兆ルピア)を削減できる可能性があるといいます。
ただし、ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。これは「決定」ではなく「検討」だということです。エネルギー鉱物資源相のバフリル氏は8月19日時点で、購入制限はまだ検討段階で、最終決定には至っていないと説明しています。つまり現時点では、お金持ちが明日から買えなくなる、という話ではありません。
Pertaliteは、政府の支援によって価格が安く抑えられているガソリンです。2026年8月現在、価格は1リットル10,000ルピア。為替にもよりますが、日本円で90円前後です。
日本のレギュラーガソリンが2026年8月時点で1リットル170円前後なので、日本の半分強の価格です。しかもインドネシアでは、ワンランク上のガソリンになると価格が大きく上がります。
だから所得の高い人でも、「同じガソリンなら安い方を」とPertaliteを選ぶメリットがあります。政府からすれば、「十分な所得がある人のガソリン代まで、国が支援する必要があるのか」という話になります。バフリル氏も今回、「裕福な人が国民の権利を取るべきではない」という趣旨で、この点を問題視しています。
ガソリンスタンドで所得がわかるのか
私が正直、一番面白いと思ったのはここから先です。
「お金持ちへの補助をやめる」という理念そのものは、理屈としてはわかりやすいものです。ところが実際にガソリンスタンド(現地ではSPBUと呼ばれます)の現場で、「あなたは上位10%です」とどうやって判定するのでしょうか。
これ、調べてみると、政府もまさにそこを詰めている最中でした。
実はインドネシアでは、すでに四輪車のPertalite購入をQRコードで管理する仕組みが導入されています。事前に身分証明書や住民登録番号、車両登録証、ナンバープレートなどを登録すると、車両ごとにQRコードが発行されます。給油するときは、そのQRコードと車のナンバープレートを照合します。つまり、新しい制度になったとしても、ガソリンスタンドの店員が「月収はいくらですか」と客に直接聞く必要はありません。
政府は、すでに「どの登録者の、どの車がこの安いガソリンを買っているのか」をある程度管理できる仕組みを持っている、ということです。
問題は、この仕組みと「上位10%」をどう結びつけるかです。
政府が持っている社会経済データから、ある世帯が上位10%に該当すると分かったとしても、その人と、その人が乗ってきた車と、車両登録のQRコードを、どう一本の線でつなぐのでしょうか。
特にインドネシアでは、車の所有者本人ではなく、運転手が給油に行くことも珍しくありません。ただ、今の仕組みはQRコードを車両にひも付け、ガソリンスタンドではナンバープレートと照合する形になっています。だとすれば、問題は「給油に来た人がお金持ちかどうか」ではありません。
その車を、誰の所得にひも付けるのか。
夫名義の車。会社名義の車。中古車。家族名義の車。1人で複数台を所有するケースもあります。ここを整理しなければ、「上位10%を対象外にする」と言っても、実際の運用はかなり難しくなります。
これは今回のテーマをかなり象徴していると思います。実際、対象となる層をどう見分けるのか、その具体的な仕組みはまだ明確になっていません。
「所得」ではなく「車種」で判断?
そこで今、政府内で有力になっているのが「所得」ではなく「車種」で判断するという案です。
アイルランガ経済担当調整相は、「車種は所得層を反映する」という考えを示しています。要するに、
高級車に乗っている → 高所得者である可能性が高い → Pertaliteの対象外
という発想です。以前から、Pertaliteは排気量1,400cc以下(補助金付き軽油Solarは2,000cc以下)の四輪車に限るという案も議論されてきました。政府のエネルギー政策に関わる専門家からは、排気量や車種を基準にした場合、この燃料の消費量を10〜15%程度削減できるとの試算も出ています。これは政府が確定させた公式数値というより、こうした基準を検討する過程で出てきた試算の一つと見ておいたほうがよさそうです。
実は私自身、普段インドネシアでガソリンスタンドを見ていて、すでに「誰でも無条件にPertalite」という空気ではなく、車種によって扱いが変わってきているように感じることがあります。もちろんこれは私の現場感覚であって、全国共通の正式なルールがあるわけではありません。ただ、政府の議論の方向性と、体感がわりと一致しているのは興味深いところです。
車種=所得とは限らない
とはいえ、「車種=所得」と言い切れるかというと、それも単純ではありません。
AlphardやMercedes-Benzのような高級車なら、「これは対象外だろう」と考えるのは比較的わかりやすいでしょう。だが境界線に近づくと、途端に難しくなります。古い大型車に乗る低所得世帯と、新しい小型車に乗る高所得世帯。どちらを補助対象にすべきでしょうか。排気量で「1,400cc以下は対象、超えたら対象外」と機械的に線を引けば、制度としては非常にシンプルになります。しかしそれが本当に「所得に応じた補助」なのか、という問いは残ったままです。
整理すると、こういうことだと思います。
所得を基準にすれば、公平性は高く見えます。しかしデータ連携も本人確認も複雑になります。 車種・排気量を基準にすれば、ガソリンスタンドでの運用は簡単になります。しかし「車=経済力」とは限りません。
公平性を取れば制度は複雑になり、制度を簡単にすれば不公平が生まれる。これが、今回の改革が抱えている一番厄介な部分だと思います。
そもそも、なぜここまでしてこの安いガソリンを維持したいのでしょうか。インドネシアでは、燃料価格は単なる商品の値段ではありません。物価、物流費、バイク通勤、GrabやGojekといった配車サービスのドライバーの生活、地方住民の家計に直結しています。だから政府も、「明日から市場価格にします」とは簡単に言えません。かといって、高所得層にまで補助を続ければ、財政負担は膨らむ一方です。
だから今、政府が向かおうとしているのは、Pertaliteをなくす方向ではなく、本当に必要な人だけが安く買える仕組みに絞り込む方向なのだと思います。
「お金持ち」の境界線をどこに引くのか
インドネシアのガソリンスタンドに行くと、この安いガソリンの給油機には、今日も多くの車やバイクが並んでいます。
高級車を見れば、「この人に補助はいらないだろう」と思うのは簡単です。
でも、その境界線をどこに引くのでしょうか。所得なのか、車の値段なのか、排気量なのか。
「お金持ちへの補助をやめる」という政策は、理念としてはわかりやすいものです。難しいのは、その「お金持ち」を、実際の車や給油データとどう結びつけるかです。
所得で見るのか。車種で見るのか。排気量で見るのか。
「上位10%を対象外にする」と言うのは簡単です。でも、その境界線を現場でどう引くのか。
今回のPertalite改革は、案外そこが一番難しいのかもしれません。