ラマダンの“コーヒーカップ・ビール”という風景 見えない配慮がつくるインドネシアの共存文化

Indonesia Makassar

記事の冒頭
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ラマダンが始まると、街は静かになります。

昼間の飲食は控えめになり、

レストランにはカーテンが引かれ、

ショッピングモールもどこか落ち着いた空気をまとう。

イスラム教徒にとって、ラマダンは一年で最も神聖な月。

日の出から日没まで断食を行い、自らを律する時間です。

そのため、多くの飲食店は営業形態を変えます。

アルコールの提供をやめる店も少なくありません。

しかし。

それでも、完全に消えるわけではないものがあります。

ビールです。

ただし、姿を変えて。

ジョッキではなく、ポットとコーヒーカップ

ラマダン中、アルコールを提供する店では、

瓶ビールやジョッキがそのままテーブルに出てくることはほとんどありません。

代わりに、こうなります。

ビールは金属製のポットに移され、

白いコーヒーカップで出てくる。

見た目は、まるでミルクティーかホットコーヒー。

しかし中身は、ちゃんとビール。

これは冗談でも、裏メニューでもありません。

ラマダンの時期に見られる、れっきとした“風物詩”です。

本文の途中(見出し前)
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なぜ、そこまでして飲むのか?

まず前提として、インドネシアはイスラム教徒が多数派の国です。

イスラム教ではアルコールは禁止されています。

ラマダン中は特に、信仰の意識が高まる時期。

だからこそ、多くの店がアルコール提供を自粛します。

しかし同時に、

・非イスラム教徒

・外国人駐在員

・観光客

も、この社会の一員として生活しています。

彼らにとって、ビールは単なる嗜好品。

特別な主張ではなく、日常の一部です。

その日常を完全に消すのではなく、

“形を変えて残す”。

それが、ポットとコーヒーカップという選択です。

店側の絶妙なバランス感覚

ここで面白いのは、これは法律による強制ではないということです。

多くの場合、これは「社会的配慮」から生まれた工夫。

店にとっては難しい判断です。

アルコールを止めれば売上は落ちる。

続ければ批判を受ける可能性もある。

そこで選ばれるのが、

「静かに提供する」という道。

堂々と瓶を並べるのではなく、

あくまで目立たない形で。

これは単なる“隠す行為”ではありません。

社会の中で摩擦を減らすための、

インドネシア流の折衷案です。

飲む側の心理

ラマダン中にビールを飲む人も、決して無神経ではありません。

多くの人は、

・人目につきにくい席を選び

・騒がず

・静かに飲む

周囲に配慮します。

これは反抗ではなく、理解の上での選択。

「自分は飲むけれど、あなたを刺激しない」

この姿勢があるからこそ、

ポットに入ったビールという文化が成立しています。

イスラムに対する敬意も同時に存在する

重要なのは、これは宗教への挑戦ではないということ。

むしろ逆です。

断食している人への配慮があるからこそ、

目立たない形にする。

ラマダンの本質は、他人を取り締まることではなく、

自分を律すること。

だからこそ、社会の中で

「断食する人」

「しない人」

が同じ空間に存在できる。

その象徴が、コーヒーカップ・ビールです。

禁止ではなく、調整

もし社会が極端であれば、

・完全禁止

または

・完全自由

どちらかになるでしょう。

しかしインドネシアは、その中間を選びます。

それは時に曖昧で、

外から見ると不思議に見えるかもしれません。

しかしこの“曖昧さ”こそが、

多宗教社会を支える潤滑油です。

ラマダンは対立の月ではない

宗教副大臣も「スウィーピング(私的摘発)」の自粛を呼びかけました。

断食していない人もいる。

信仰は強制ではない。

このメッセージと、

ポットに入ったビールの風景は、どこか重なります。

強く主張するのではなく、

互いに一歩引く。

その一歩が、摩擦を防ぎます。

経済の視点から見ると

実はこの“コーヒーカップ・ビール”は、

経済的にも象徴的です。

ラマダン中でも、

・完全に消費が止まるわけではない

・完全に自由でもない

消費は「形を変えて」続いています。

ラマダンは経済を止める月ではなく、

行動様式を変える月。

この小さなポットの中に、

社会と経済のバランス感覚が詰まっています。

多様性の中の成熟

インドネシアの国家理念は

「多様性の中の統一」。

それは抽象的な言葉ではなく、

日常の中で具体的に現れます。

カーテンで仕切られたレストラン。

目立たないアルコール提供。

静かに食事をする非断食者。

派手ではないけれど、

確実に存在する共存。

まとめ

ラマダン中のポットに入ったビール。

それは単なる裏技ではありません。

そこには、

飲みたい人の節度

提供する店の工夫

断食する人への敬意

が重なっています。

強制でも、対立でもない。

調整。

ラマダンは、

社会の成熟度が試される月なのかもしれません。

そしてこの小さなカップの泡は、

その成熟の静かな証のように見えるのです。

記事の最後
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