なぜインドネシアのコンセントは丸いのか 壁の小さな穴に残るオランダの影

Indonesia Makassar

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朝起きて、スマートフォンを手に取ると、充電が20%しか残っていない。寝る前に確かに挿したはずなのに、と壁を見ると、充電器が半分抜けかかって斜めにぶら下がっています。

インドネシアに住んでいる方なら、一度は経験があるのではないでしょうか。私もマカッサルで何度もこれをやっています。ホテルでも、事務所でも、工場でもです。

丸い2本のピンは、日本の平たいプラグより長く、充電器を挿すと壁からぐっと飛び出します。そこに変換プラグを重ねようものなら、重さで少しずつ前に傾いていき、最後は接触が切れてしまいます。

先日、パプアニューギニアへの出張準備で、現地用の変換プラグを買いに行きました。PNGのコンセントはオーストラリアと同じで、平たいピンが「ハの字」に並んだ形です。売り場で各国用のプラグを眺めていて、ふと思いました。

そもそも、インドネシアはなぜこの丸い形なのでしょうか。

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実は2種類ある、インドネシアの丸いプラグ

普段あまり意識しませんが、インドネシアで見かける丸いプラグには2種類あります。

ひとつは、細い丸ピンが2本だけのもの。スマートフォンの充電器や、小さな家電によく付いています。国際的には「Cタイプ」と呼ばれています。

もうひとつは、少し太い丸ピン2本に加えて、プラグの側面に金属の板が付いているもの。冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなど、大きな家電に多い形で、こちらは「Fタイプ」です。

壁側のコンセントは、基本的にこのFタイプ用に作られています。穴が少し奥まっていて、内側の上下に金具が見えるものです。そこにCタイプのプラグも挿せるので、私たちは両方をあまり区別せずに使っています。

電圧は、日本の100Vの2倍以上です。日本から持ってきた家電をうっかり挿して壊した、という話は、今でもときどき耳にします。

答えはオランダ時代にある

地域や時期によって支配の実態は異なりますが、インドネシアは長期間にわたってオランダの植民地支配を受けました。オランダ領東インドと呼ばれていた時代です。

この国に電気が引かれ始めたのも、その時代でした。19世紀の終わりごろから、バタビア(現在のジャカルタ)などの都市で、オランダ系の会社が発電と配電の事業を始めます。オランダを通じて、ヨーロッパ系の設備や規格が持ち込まれました。

その後、日本占領期になると、オランダ系の電力会社は日本側に接収されました。そして日本の敗戦後、インドネシアの青年や電力労働者が各地の電力・ガス施設を引き継ぎ、共和国政府へ引き渡します。これを受けて1945年10月27日、「Jawatan Listrik dan Gas(電気・ガス局)」が設置されました。この日が、現在の「国家電力の日(Hari Listrik Nasional)」の由来です。

その後もオランダが一部の施設を再び押さえた時期があり、オランダ系電力会社が本格的に国有化されたのは1958年のことです。この流れが、のちに現在の国営電力会社PLNへとつながっていきます。

ただ、電力事業を運営する主体が変わっても、すでに建物に埋め込まれた配線やコンセントは、そのまま残ります。家電もヨーロッパ式のプラグで入ってきていました。わざわざ全部を取り替える理由も、お金もありません。

こうして、オランダ時代にできたヨーロッパ式の電気の仕組みが、独立後のインドネシアにも受け継がれていきました。現在、オランダ本国でも同じFタイプが使われています。

なお、インドネシアの電圧も、最初から現在と同じだったわけではありません。植民地期には110V前後の設備も使われ、その後、地域ごとに現在の220〜230V系統へ移行していきました。現在の公称電圧は230Vですが、インドネシア国内では一般に220Vと表記されることもあります。電圧は変わっても、コンセントの形は丸いままでした。

あの丸い形は、ドイツ生まれ

では、ヨーロッパの丸いプラグは、どこから来たのでしょうか。

Fタイプは、ヨーロッパでは「シュコー(Schuko)」と呼ばれています。ドイツ語の「Schutzkontakt(保護接点)」を縮めた言葉で、1920年代のドイツで生まれた形です。

プラグの側面にある金属の板は、アース(接地)のためのものです。家電が漏電したとき、電気を地面へ逃がして、人が感電しないようにする仕組みです。穴が奥まっているのも、挿している途中にピンに指が触れないようにするためです。見た目は大きくて不格好ですが、安全を優先した形なのです。

一方、細いCタイプは「ユーロプラグ」と呼ばれ、1960年代に広まりました。当時のヨーロッパは、国ごとにコンセントの形がバラバラでした。そこで、ヨーロッパ大陸の多くの国のコンセントに挿せる、薄くて小さな共通プラグが考え出されたのです。アースは付いていませんが、その代わり、アースが要らないように作られた小型機器専用という位置づけです。

インドネシアの壁にあるのはドイツ生まれのコンセントで、そこに挿さっているのはヨーロッパの共通プラグ。毎日何気なく使っているものが、実はかなり遠いところから来ていました。

それでも、なぜすぐ抜けるのか

調べてみると、本来のFタイプは抜けやすい規格ではありませんでした。むしろ、しっかりと固定されるように作られています。

では、なぜインドネシアではこんなに抜けるのか。

まず、コンセントそのものの劣化です。長年にわたって抜き挿しを繰り返し、さらに発熱や湿気の影響を受けるうちに、中の金具が広がったり劣化したりして、ピンを押さえる力が弱くなっていきます。安価なコンセントは、最初から金具が頼りないこともあります。

次に、Cタイプのピンの細さです。Cタイプのピンは、Fタイプより細く作られています。ただし、これは本来、Fタイプのコンセントでも適切に接触するよう設計されたものです。新品で品質のよいコンセントなら、Cタイプでも簡単には抜けません。しかし、内部の金具が摩耗したり、安価な製品で保持力が弱かったりすると、細いCタイプの方が緩さの影響を受けやすくなります。

そして、充電器の重さです。日本製の充電器に変換プラグを重ねると、重心が壁から遠くなり、てこの原理で下へ引っ張られます。

どうやら原因は、規格そのものより、コンセントの劣化、製品の品質、そして充電器の重さにあるようです。この3つが重なると、あの「朝起きたら充電されていない」が起きます。

対策としておすすめなのは、短い延長コードを1本はさむことです。壁には延長コードのプラグだけを挿し、充電器はテーブルの上で使う。これだけで、抜ける心配はかなり減ります。

日本と同じ形にすればよかったのに

日本と同じ形なら便利なのに、と私も思います。日本やアメリカの平たい2本ピンは小さくて、持ち運びにも便利です。

ただ、日本は100V、アメリカは120V、インドネシアは230Vです。形が違うことで、結果的に100V専用の日本製品を、インドネシアのコンセントへそのまま挿しにくくなっています。

とはいえ、各国のプラグが違うのは、最初から電圧を見分けるために設計されたからではありません。各国が別々の時期に、それぞれ独自の電気規格を採用した結果です。電気を引き始めたころには、世界共通の規格などありませんでした。それぞれの国が、つながりのある国の方式を取り入れていった。そして一度家やビルや工場に広まってしまうと、後から変えるには莫大な費用がかかります。こうして、世界のコンセントはバラバラのまま今日まで来ています。

変換プラグは、小さな世界史の教科書

今回買ったPNG用の変換プラグと見比べると、国による違いがよくわかります。

  • インドネシアは、オランダを通じたヨーロッパ式の丸いピン。
  • パプアニューギニアは、オーストラリアから受け継いだハの字のピン。
  • シンガポールやマレーシアは、イギリス式の大きな3本ピン。
  • 日本は、アメリカとほぼ同じ平たい2本ピン。

同じアジア太平洋にあり、飛行機で数時間しか離れていない国々でも、コンセントの形はこれだけ違います。並べてみると、それぞれの国がどこと深く関わってきたのかが、意外なほどはっきり見えてきます。

道路や鉄道、法律や言葉に昔の名残が残っていることはよく知られていますが、毎日使うコンセントも、その一つでした。

これまでは、ただ使いにくいと思っていたインドネシアの丸いコンセント。調べてみると、その形にも植民地時代から続く理由がありました。

とはいえ、朝起きて充電できていないのは、やはり困りますね。

記事の最後
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