1年前の悪夢は繰り返されるのか。再びジャカルタで大規模デモ
2026年8月27日、ジャカルタの国会議事堂前で大規模なデモが行われました。
国会周辺には朝から厳重な警備が敷かれ、学生や市民団体、地方から集まった参加者らが、汚職への厳罰化、資産没収法案の早期成立、生活必需品の価格引き下げなどを訴えました。
ジャカルタだけではありません。
ジョグジャカルタや、私が住んでいるマカッサルでも、政府の政策や汚職問題に抗議する集会が行われています。
ちょうど1年前、インドネシアでは国会議員に支給される高額な住宅手当への反発をきっかけに、全国規模のデモが発生しました。
あれから1年。
インドネシア国民の不満は、まだ消えていません。
デモと暴動は分けて考える必要がある
27日のジャカルタでの抗議活動は、夜になると一部で混乱が発生しました。
ただし、ここは少し丁寧に見る必要があります。
報道によると、国会前で行われていた主催団体の集会は夕方までにほぼ終了しました。その後、別の集団が現場に残り、警察の詰め所やバイクに火を付け、道路を封鎖し、警察に石や棒を投げたとされています。
警察は放水車と催涙ガスを使用して鎮圧しました。
つまり、デモに参加した人々が、そのまま一斉に暴徒化したわけではありません。
政府に対して声を上げることは、民主主義国家における市民の権利です。政策に反対し、汚職の追及を求め、生活の苦しさを訴えること自体は否定されるものではありません。
しかし、警察施設や車両への放火、公共物の破壊、投石は、民主主義的な抗議とは別のものです。
どれだけ主張に正当性があったとしても、暴力に発展すれば市民の共感を失い、政府側に強硬な対応の理由を与えてしまいます。
322人が拘束され、1人が死亡
翌28日のジャカルタ警察の発表によると、27日夜の混乱に関連して322人が拘束され、このうち45人が、公共施設の破壊や暴行、刃物の所持などに関与したとして容疑者に立件されました。拘束者には多くの未成年者も含まれています。
また、現場付近で意識を失っていた59歳の男性が、搬送先の病院で死亡しました。死因や死亡に至る詳しい経緯は明らかになっていません。
したがって、今回のデモを単純に「大きな被害もなく終わった」と評価することはできません。
ただ、昨年のように暴動が全国へ連鎖し、公共交通機関が長期間停止する状況には、今のところ発展していません。ジャカルタでは28日に一部の交通機関が影響を受けましたが、その後は通常運行に戻りつつあります。
現時点では、昨年より早く収束へ向かっているように見えます。
それでも、安心できる段階ではありません。
昨年はバイクタクシー運転手の死亡で一気に拡大した
2025年8月のデモも、最初から全国的な暴動だったわけではありません。
発端となったのは、国会議員に対して月額5,000万ルピアの住宅手当が支給されていることへの反発でした。
これは当時のジャカルタ首都圏の最低賃金のおよそ10倍にあたります。
物価高や失業への不安が広がるなかで、国会議員だけが高額な手当を受け取っている。この事実が、国民の怒りに火を付けました。
そして、デモを鎮圧していた警察車両にはねられ、21歳のバイクタクシー運転手が死亡したことで状況が一変します。
抗議活動は約50都市に広がり、国会議員や閣僚の自宅が襲撃されました。
国家人権委員会などの集計では11人が死亡し、少なくとも約1,000人が負傷、約6,700人が拘束されています。
ジャカルタでは企業に在宅勤務が推奨され、鉄道やバスなどの公共交通機関も大きな影響を受けました。
今年も一部の企業では、27日のデモに備えて従業員を在宅勤務に切り替えたと報じられています。しかし、昨年のように首都全体の機能が何日も大きく乱れる状況には、今のところ至っていません。
今回の要求は一つではない
今回のデモは、「無料給食反対」だけを目的としたものではありません。
複数の団体が参加しているため、要求もそれぞれ異なります。
主なものは、次のような内容です。
汚職で得た財産を没収できる「資産没収法案」の早期成立
汚職に対する処罰の強化
生活必需品の価格引き下げ
無料給食事業の評価と見直し
昨年のデモにおける人権侵害の検証
政府予算の透明性向上
特に注目されているのが、プラボウォ大統領の看板政策である「MBG(Makan Bergizi Gratis)」、いわゆる無料給食事業です。
335兆ルピアだった無料給食予算、229兆ルピアまで縮小へ
無料給食事業は2025年1月に始まりました。
児童や妊婦、乳幼児などに栄養のある食事を提供し、栄養不足や発育不良を減らすことを目的としています。
政策の目的そのものに反対する人は、それほど多くないと思います。子どもたちに栄養のある食事を届けることは、インドネシアにとって必要な取り組みです。
しかし問題は、その規模と運営方法です。
当初、2026年度予算として335兆ルピア(日本円で約3兆円)が計上されていました。その後、事業規模の見直しによって268兆ルピアまで縮小され、2026年7月には、さらに229兆ルピアへ圧縮する暫定案が示されました。BGNは、対象者や運営体制の見直しによって、金額がさらに下がる可能性もあると説明しています。
つまり、「335兆ルピアを現在もそのまま使っている」という説明は正確ではありません。政府は、量を優先した急速な全国展開から、品質と管理体制を重視する方向へ、段階的に修正を進めています。
なお、229兆ルピアもまだ確定額ではなく、今後さらに変わる可能性があります。
食中毒と汚職が政策への信頼を失わせた
無料給食を巡っては、これまで各地で食中毒が繰り返し発生しました。
市民団体の集計では、事業開始から2026年8月上旬までの被害者は4万人を超えたとされています。ただし、これは政府の公式集計ではなく、市民団体による集計である点には注意が必要です。
さらに、無料給食を管轄する国家栄養庁を巡る汚職事件では、幹部らが容疑者となりました。
子どもの栄養改善を目的にした事業で、その運営を担う幹部らが汚職事件の容疑者となる。
国民が怒るのは当然でしょう。
無料給食の理念そのものよりも、巨額の予算を扱う組織の管理能力と透明性が問われているのだと思います。
無料給食が物価を上げているのか
もう一つ、無料給食事業が鶏肉や卵などの価格を押し上げているという批判があります。
大量の食材を一斉に調達すれば、地域によっては需給が逼迫し、価格が上昇する可能性があります。実際、一部地域では、無料給食による需要増加が鶏肉価格の上昇や牛乳不足につながったとの報告があります。
ただし、現在のインドネシアの物価高を、すべて無料給食事業のせいにするのも正しくありません。
中東情勢の悪化、エネルギー価格、ルピア安、物流費、政府の食料政策など、複数の要因が重なっています。
無料給食が一部の食品価格を押し上げている可能性はありますが、全国的な生活費高騰の唯一の原因ではありません。
政権への満足度は37%まで低下
今回のデモの背景には、数字にも表れている国民の不満があります。
Tempo Data Scienceが7月31日から8月11日にかけて、38州の1,260人を対象に実施した調査では、プラボウォ・ギブラン政権の仕事ぶりに満足していると答えた人は37%でした。
2025年12月の75%から、2026年3月には58%、そして今回の37%へと、約8か月で段階的に大きく低下しています。
また、現在の国内経済について68%が「悪い」または「以前より悪化している」と回答しています。生活必需品については、77%が「以前より大幅に高くなった」、16%が「高くなった」と回答しており、合計すると9割を超えます。
一方で、52%は「インドネシアは正しい方向に向かっている」と回答しており、将来への期待が完全に失われたわけではありません。
この数字だけでプラボウォ大統領への支持が完全に崩れたと判断するのは早いと思います。
しかし、国民が感じている生活の苦しさと、政府が発表する政策の成果との間に、大きなズレが生まれていることは確かです。
政府に不満を言える社会であってほしい
インドネシアでは、政府に対する大規模なデモが珍しくありません。
日本人から見ると、道路を埋め尽くす群衆や警察部隊の姿に、少し怖さを感じるかもしれません。
私も、デモが過激化して放火や破壊に発展することには賛成できません。被害を受けるのは政治家ではなく、現場の警察官や周辺で生活する普通の市民であることが多いからです。
一方で、デモがあること自体を「治安が悪い」「危険な国だ」と片付けるのも違うと思います。
政府の政策に反対し、汚職を批判し、自分たちの生活を守るために声を上げる。
それもまた、民主主義の一部です。
今回のデモは、今のところ昨年のような全国的な混乱には発展していません。主要な集会が終わった後に発生した暴動も、翌日にはおおむね沈静化し、ジャカルタの交通機関も通常運行へ戻りつつあります。
8月29日時点では、昨年のような全国的な混乱へ拡大する兆候は見えていません。ただ、今後も大きく拡大しないと断定できる段階ではありません。
そして、事件が収束しても、国民の不満が解消されたわけではありません。
生活費は上がっている。仕事への不安もある。無料給食には巨額の予算が使われながら、食中毒が相次ぎ、汚職事件まで摘発されている。
デモが終わっても、その背景にある問題は残ります。
昨年も、バイクタクシー運転手の死亡をきっかけに、状況が一晩で変わりました。
だからこそ、今回も「もう終わった」と決めつけず、しばらくはジャカルタや各都市の動きを注意して見ておく必要があります。
政府への不満を口にできることも、デモとして声を上げられることも、民主主義の一部です。
ただ、放火や破壊まで民主主義の名で正当化することはできません。
今回のデモは、収束へ向かっているように見えます。
それでも、市民が政府に抱いている不満まで消えたわけではありません。
主な出典
拘束者322人・容疑者45人の内訳:CNN Indonesia「Polisi Tangkap 322 Orang Terkait Demo DPR 27 Agustus 2026」(2026年8月28日)、Kompas.com「322 Orang Ditangkap Usai Demo 27 Agustus di DPR」(同日)、Okezone.com「Polisi Tetapkan 45 Tersangka Kerusuhan Demo DPR 27 Agustus」(同日)
死者の状況:iNews.id「Polisi Ungkap 1 Orang Tewas Imbas Kerusuhan usai Demo 27 Agustus」、Liputan6.com(2026年8月28日)
無料給食(MBG)予算の縮小:CNBC Indonesia「Anggaran MBG Dipangkas Jadi Rp 229 Triliun, BGN Ungkap Alasannya」、Tempo.co「BGN Pangkas Anggaran MBG Menjadi Rp 229 Triliun」(いずれも2026年7月21〜22日)
政権への満足度・生活実感調査:Tempo.co「Survei Tempo: Kepuasan Prabowo-Gibran Anjlok Jadi 37 Persen」、Kompas.com「Survei Tempo Data Science: Kepuasan Publik terhadap Kinerja Pemerintah 37 Persen」(いずれも2026年8月26日)