Indonesia Travel

ANA815便でクアラルンプールに到着したのは夜中近い時間帯。それでも体力をそこまで消耗せず、まだまだ元気を保てているのは何よりの幸運でした。ここからはマレーシア入国からホテルへ向かうまでを、できるだけスムーズに進めたいところです。ホリデーイン・セパンに宿泊し、翌日のフライト乗り継ぎまでゆったりと過ごすことにしました。

Airplane Indonesia

50回目のインドネシア渡航に向けた旅も、いよいよクアラルンプールへ飛ぶ段階へと入りました。今回選んだのはANA815便。夕方の成田空港を出発し、日付が変わる少し前にクアラルンプールへ到着するという、ちょっとユニークなフライトです。国内線のように昼間でもなく、深夜発の夜行便でもないため、乗り継ぎ客や観光客が混在し、機内の雰囲気は多国籍。実際に乗ってみると、その特徴が存分に感じられました。

Airplane Indonesia

50回目のインドネシア渡航。プライオリティ・パスでラウンジ巡り。一般エリアのI.A.S.Sラウンジで静かなひとときを満喫し、混雑の保安検査を経て制限エリアへ。再度ラウンジを試みるも1時間待ちで断念し、搭乗口で飛行機を眺めながら過ごします。非常口席で隣も空席という幸運に恵まれ、快適な空の旅が始まります。

Indonesia

満開の桜が咲き誇る春の日、ついに迎えたインドネシア渡航50回目の旅立ち。成田空港では自動荷物預け入れ機で手続きを済ませ、事前に調べて楽しみにしていた「肉料理 やきすき やんま」ですき焼きを堪能。展望デッキでは春風に舞う桜と飛行機を眺め、日本の春の余韻を胸に刻みます。いよいよ、これから出国です。

Indonesia

インドネシアに初めて足を踏み入れてから10年、ついに私の渡航回数が50回目を迎えました。初めて訪れたのは2014年のジャカルタ。当時は、まさか自分がこの国を第二の生活拠点とするほど深く関わることになるとは想像もしませんでした。インドネシアが私に与えてくれたものや、生活拠点としてのインドネシアとの深い関係を振り返ります。

Business Indonesia

リモートワークが当たり前となり、海外拠点でも本社とWEB会議で密に連携しているつもりでした。しかし、日本に一時帰国し本社メンバーと対面で話す中で、オンラインでは気づかなかった課題やすれ違いが次々と明らかに。特に、本社会議室での議論から居酒屋での語り合いに至る濃密な時間が、インドネシア事業の方向性を大きく前進させてくれました。

Indonesia 海外進出

2025年、春。東京駅近くのビジネス街にあるセミナーホールで、私は一人ステージに立っていました。テーマは「インドネシアでのタコ事業:ゼロから年商5億円へ」。聴衆の前でマイクを手に語ったのは、現場での泥臭い挑戦と、信頼を積み重ねてきた歩み。私がなぜインドネシアでタコ事業を始めたのか、どのような苦難を乗り越えてきたのか、そしてこのセミナーで本当に伝えたかったことを、改めてここに綴りたいと思います。

Indonesia

私が海外移住しているインドネシアでは、国内移動が日本ほどスムーズではありません。国内線の飛行機やフェリー、長距離バスなど、選択肢はあるにはあるのですが、思わぬ遅延やトラブルがつきもの。今回は、日本の都市間移動の素晴らしさを、インドネシアでの移動体験と比較しながらお話ししていきます。

Indonesia

インドネシアでは「お茶がとても甘い」と驚かれた経験はありませんか? 日本では砂糖を加えずそのままの風味を楽しむお茶文化が一般的ですが、インドネシアでは“甘いお茶”がスタンダード。しかも、その甘さは日本人の感覚からするとかなりの甘味です。なぜ、これほどまでに甘いお茶が好まれ、広く根付いているのでしょうか。インドネシアのお茶が甘い理由をひもときながら、現地の日常に深く根を下ろした甘いお茶文化についてお伝えします。

Indonesia

「イード(Eid)」「レバラン(Lebaran)」「イドゥル・フィトリ(Idul Fitri)」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。これらはイスラム教徒にとって断食明けの祝祭日を指す言葉ですが、それぞれの呼び名や背景には深い文化的・歴史的な違いがあります。同じお祭りであっても、地域や文化、言語の違いから特徴的な名前で呼ばれているのです。、それぞれの言葉がどういう意味を持ち、なぜ複数の呼び方が存在するのかをお伝えします。