「あの時、別の選択をしていれば。」そう思ったことはありませんか。私も何度もありました。でも55歳になって振り返ると、人生を変えたのは計画どおりの出来事ではなく、思いどおりにならなかった出来事ばかりでした。予定外を受け入れた時、人生は少しずつ違う景色を見せてくれます。
若い頃の私は、人生は計画どおりに進めるものだと、本気で信じていました。
仕事も、家族も、老後も、ある程度の見通しを立て、その通りに進んでいくものだと。だから、予定どおりに進まないことは「失敗」なのだと思っていました。
でも55歳になった今、あの頃に描いていた予定表は、一枚も残っていません。
50歳でインドネシアへ来てから、予定どおりに進んだことは、ほとんどありませんでした。それでも私は、こうしてマカッサルで暮らし、会社を経営しています。
今回は、その「思いどおりにならなかった5年間」について、正直に書いてみたいと思います。
50歳で会社を辞めた時、私にはある程度の計画がありました。会社を設立する。工場を作る。商品を作る。日本へ輸出する。少しずつ会社を大きくしていく。
シンプルな計画でした。しかし現実は、まったく違いました。
会社は作れました。でも工場は、なかなか動きませんでした。許認可の手続きは止まり、設備のトラブルが重なり、ようやく動き始めたと思った頃には、コロナ禍が始まりました。物流は止まり、原料は集まらず、為替は大きく動きました。資金繰りに頭を抱えた夜も、一度や二度ではありません。
「来月から工場が本格稼働できる。」そう思っていたことが、三か月後でも実現していない。「今年は原料が安定して集まる。」そう見込んでいたのに、漁獲量が激減する。「この取引は必ずまとまる。」そう信じていた商談が、土壇場でなくなる。
予定が外れることが、当たり前になっていきました。
正直に言います。
最初の数年は、思いどおりにならないことが積み重なるたびに、消耗していました。なぜうまくいかないのか。何が足りないのか。自分のどこが間違っているのか。
夜、一人で考え込むこともありました。「このまま続けていいのだろうか。」「日本へ帰った方がいいのではないか。」そんなことまで頭をよぎりました。
でも不思議なことに、思いどおりにならない日が続いても、会社はなくなりませんでした。
工場が動かない間は、スタッフと一緒に原因を探しました。原料が集まらない時期には、漁師さんたちと何度も話し合いました。資金繰りが苦しい時は、取引先へ誠実に状況を伝え続けました。
思いどおりにならなかったからこそ、やらなければならないことが増えました。そして、その「やらなければならなかったこと」が、今の会社の土台になっています。
ここが、この5年間で一番大きな気づきです。
もし計画どおりに工場が動いていたら、私はスタッフ一人ひとりと、ここまで深く向き合うことはなかったと思います。問題が起きるたびに、一緒に考え、一緒に解決してきた。だから今の信頼関係があります。
もし原料が安定して集まっていたら、漁師さんたちの暮らしや、マカッサルの海の豊かさや厳しさを、これほど身近に知ることもなかったでしょう。困った時に何度も足を運んだからこそ、今のつながりがあります。
もし資金繰りに苦しんだことがなければ、経営の本質を、これほど真剣に考えることもありませんでした。
人生を振り返ると、私を成長させてくれた出来事は、どれも予定表には書かれていませんでした。
成功が人生を変えたのではありません。予定外が、人生を変えたのです。
少し立ち止まって考えてみると、予定どおりに進んだ人生など、どこにもないのかもしれません。
結婚のタイミングが変わった人。転職を余儀なくされた人。病気になった人。親の介護が始まった人。子どものことで悩んだ人。
誰の人生も、最初に描いた通りには進んでいません。
でも多くの場合、その「予定外」の出来事が、人生に深みを与えています。予定外の出会いが、その後の人生を変えることがあります。予定外の失敗が、思いもよらない場所へ連れて行ってくれることがあります。
私がマカッサルを第二の故郷と呼ぶようになったことも、その一つです。50歳の私が描いていた人生設計の中に、そんな未来は一行も書かれていませんでした。
もちろん今でも、私は計画を立てます。来年の目標も考えます。会社の未来も描きます。
でも以前とは、一つだけ違うことがあります。
以前は、計画から外れることが怖かった。計画どおりに進まない自分を責めていました。でも今は違います。
計画は、あくまで出発点です。そこからどこへ向かうかは、その時々の現実が決めます。
そう思えるようになってから、ずいぶん楽になりました。思いどおりにならない時、以前は「なぜだ」と抵抗していました。今は、「では、ここからどうするか」と考えるようになりました。その小さな変化が、毎日の重さをずいぶん軽くしてくれました。
55歳になって、ようやく分かったことがあります。
人生は、思いどおりにはなりません。でも、思いどおりにならなかったからこそ、今の私があります。
工場が動かなかったあの日々がなければ、今のスタッフとの信頼はありませんでした。原料が集まらなかったあの時期がなければ、漁師さんたちとのつながりはありませんでした。資金繰りに頭を抱えたあの夜がなければ、経営の本質をこれほど真剣に考えることもありませんでした。
もし人生をやり直せるとしても、私はきっと同じ予定外を選びます。なぜなら、その予定外の先に、今の私がいるからです。
あなたにも、「あの時は失敗だった」と思った出来事があるかもしれません。「あの時、別の選択をしていれば」と考えた夜があるかもしれません。
でも10年後、20年後に振り返った時、それは人生を変えた出来事になっているかもしれません。
私は55歳になって、ようやくそう思えるようになりました。
人生は、思いどおりにならない。
だから、面白い。
次回は、
「ありがとうは、言うほど自分が救われる」
について書いてみたいと思います。
インドネシアで暮らすようになって、感謝を伝えることの意味が、少しずつ変わってきました。「ありがとう」は相手のためだけではなく、自分自身の心を整えてくれる言葉でもありました。そんなことを書いてみたいと思います。
この連載では、55歳になった今だからこそ気付けた、小さな学びや人生の変化を綴っています。