第8話
「インドネシアで作る。」
頭の中に、その言葉だけが残っていました。でも、どうやって進めばいいのか、まだ何も分かっていませんでした。工場もない。仕入先もない。資金もない。何より、こんな計画を、一人で進められるはずがありませんでした。
JICAの中小企業海外展開支援事業に応募するには、一緒にプロジェクトを進めるコンサルタントが必要でした。何社かに声をかけると、そのうち三者が、名乗りを上げてくれました。
2015年、年が明けてすぐ、私はその三者に会いに行きました。
その中の一社が、ケンドマネジメントでした。
私が持って行ったのは、まだ粗削りな提案書でした。インドネシアで獲れるタコを、インドネシアの工場で加工し、日本と同じ品質で売る。前年、現地で言われた言葉をもとに、思いつくままに書いたようなものでした。
その提案書を見た担当の方が、こう言いました。
「タコ案件、これは面白い。」
正直、拍子抜けするくらい、あっさりとした一言でした。それまで会った人たちの多くは、慎重な反応を示していました。前例のない話です。無理もありません。でも、ここでは違いました。
そこから話は一気に動き出しました。急いでプロポーザルがまとめられ、そして、JICAへ応募しました。
もし通らなければ、この話はここで終わるかもしれない。そんな思いで結果を待ちました。
そして、無事に採択の連絡が届きました。
今の事業が生まれた瞬間は、この採択の知らせだったと思われるかもしれません。でも、振り返ると、少し違います。本当の始まりは、その少し前、提案書を面白がってくれる人と出会ったことだったのだと思います。
事業が本格的に始まる前、2015年8月。私はジャカルタで、インドネシア海洋水産省の局長と協議の場を持っていました。
実証地をどこにするか。まだ決まっていませんでした。
そのとき、局長がこう言いました。
「タコなら、マカッサルでしょう。」
前日まで、マカッサルという街は、私の人生にまったく存在していませんでした。それが、たった一言で変わりました。
その足で、私は航空券を予約しました。翌日、飛行機に乗り込みました。日帰りの弾丸旅程でした。
初めて訪れた、知らない街。現地の工場を見せてもらうと、タコは平均で一日一トン、漁の盛んな時期には二トンから三トンも集まってくるとのことでした。想像していた以上の量でした。
「ここなら、できるかもしれない。」
初めて、そう思いました。
わずか数時間の滞在でした。でも、その数時間で、「マカッサル」という知らなかった街が、私の中に強く残りました。
まさか数年後、
自分がこの街に住み、
自分の会社をつくり、
自分の工場でタコを作ることになるとは。
このときは、まだ知りませんでした。
「タコなら、マカッサルでしょう。」
あの日、何気なく聞いたその一言が、
私をこの街まで連れてきたのかもしれません。
人生は、伏線だらけだった。
続く。