Categories: IndonesiaMakassar

55歳になって、ようやく分かったこと ありがとうは、言った人から救われていく

記事の冒頭
この記事が役に立ったら、1クリックで応援お願いします

「ありがとう」は相手のために言う言葉だと思っていました。でもインドネシアで暮らし、毎日「Terima kasih」を口にするようになって気付いたことがあります。一番救われていたのは、相手ではなく私自身でした。感謝の言葉は、人との距離を縮めるだけでなく、自分の心も少しずつ整えてくれます。55歳になってようやく分かった、小さな幸せの見つけ方を書きました。

本文の途中(見出し前)
この記事が役に立ったら、1クリックで応援お願いします

55歳からの小さな気づき 第7話

私は以前、「ありがとう」は相手のために言う言葉だと思っていました。

感謝を伝える言葉。礼儀として返す言葉。そんなふうに考えていました。

でもインドネシアへ来て、毎日何十回も「Terima kasih(ありがとう)」と言うようになってから、一つ気付いたことがあります。

一番救われていたのは、相手ではありませんでした。私自身だったのです。

「ありがとう」が言えなかった頃

会社員時代の私は、「ありがとう」をあまり言わない人間でした。

言っていなかったわけではありません。でも今振り返ると、驚くほど少なかったと思います。

仕事が忙しかった。数字を追っていた。結果を出すことで頭がいっぱいだった。

取引先には言いました。上司にも言いました。でも毎日一緒に働く同僚には、どうだったでしょうか。家族には、どうだったでしょうか。

当たり前のことをしてもらっても、当たり前だから気付かない。気付かないから、言わない。

当時の私は、感謝を言葉にすることを少し照れくさいとさえ思っていました。「言わなくても分かるだろう。」そう思っていました。

でも言わなければ伝わりません。そして言わなければ、自分自身も、そのありがたさに気付けないのです。そのことに気付いたのは、ずいぶん後になってからでした。

インドネシアは「ありがとう」が多い

インドネシアへ来て、最初に驚いたことの一つが、「Terima kasih」の多さでした。

市場で買い物をするだけで、何度も交わされます。ドライバーに乗せてもらっても、屋台でコーヒーを飲んでも、スタッフが書類を持ってきてくれても、漁師さんがタコを届けてくれても。小さなことでも、当たり前のことでも、「Terima kasih」。

最初は、日本でいう「どうも」くらいの軽い言葉だと思っていました。

でも毎日過ごしていると、少し違うことに気付きました。彼らは本当に、その瞬間の感謝を言葉にしているのです。小さなことを、小さいまま終わらせない。その積み重ねが、人との距離を少しずつ縮めていく。

私はその姿を見ながら、自分がどれほど感謝を言葉にしてこなかったのかを、静かに思い知りました。

一番変わったのは、自分だった

その影響を受けて、私も少しずつ意識するようになりました。

スタッフが仕事を終えたら、「ありがとう」。漁師さんが原料を届けてくれたら、「ありがとう」。運転手が送り届けてくれたら、「ありがとう」。

最初は意識して言っていました。でも続けるうちに、不思議なことが起きました。

ある日、荷物を運び終えたスタッフに「Terima kasih」と声をかけると、少し照れくさそうに笑ってくれました。その笑顔を見た瞬間、なぜか私まで笑顔になっていました。

相手が変わる前に、自分の気持ちが変わっていたのです。

怒っている時でも、疲れている時でも、「ありがとう」と言うと、何かが少し解けるような感覚があります。

その理由が、今なら少し分かります。怒っている時の心は、「足りないもの」ばかりを見ています。でも「ありがとう」を口にすると、不思議と「今あるもの」に目が向くようになります。支えてくれる人がいること。今日も仕事ができたこと。無事に一日が終わったこと。

感謝できるものを見つけた瞬間、心は少しだけ軽くなります。

第1話で書いたように、幸せは「足りないもの」の先ではなく、「今あるもの」の中にありました。「ありがとう」は、そのことを思い出させてくれる言葉だったのです。

「ありがとう」は、自分の心を映す鏡だった

ある日、気付きました。「ありがとう」が自然に出る日と、なかなか出ない日があることに。

自然に出る日は、たいてい心に余裕がある日です。物事がうまく進んでいる日。穏やかな気持ちで過ごせる日。

反対に、出ない日は苦しい日です。問題が重なっている日。焦っている日。誰かに腹を立てている日。

つまり、「ありがとう」は相手への言葉である前に、自分の心を映す鏡だったのです。

言えない日が続いたら、自分が少し疲れているサインなのかもしれません。そんな日こそ、意識して「ありがとう」と言ってみる。すると不思議なくらい、心が少しずつ落ち着いてきます。

感謝の言葉は、相手への贈り物だと思っていました。でも実は、自分への処方箋でもあったのです。

55歳になって、ようやく分かったこと

55歳になって、ようやく分かったことがあります。

「ありがとう」は、相手を喜ばせるための言葉だと思っていました。でも違いました。一番救われていたのは、いつも「ありがとう」と言っていた私自身でした。

今日もスタッフが仕事を終え、「また明日」と帰っていきます。私は「Terima kasih」と笑顔で手を振ります。その笑顔を見るたびに、私も自然と笑顔になります。

会社員時代の私に、もし一つだけ伝えられるとしたら、こう言いたいと思います。

もっと早く、もっとたくさん、「ありがとう」を言えばよかった。それは相手のためだけではなく、自分自身のためでもあったのだから、と。

ありがとうは、幸せだから言える言葉ではありませんでした。

ありがとうと言うから、少し幸せになれる言葉だったのです。

55歳になって、ようやくそう思えるようになりました。

次回は、

「年を取ることは、悪いことばかりではなかった」

について書いてみたいと思います。

若い頃は、歳を重ねることをどこか恐れていました。でも55歳になった今、年齢を重ねたからこそ見えてきた景色があります。そんなことを書いてみたいと思います。

この連載では、55歳になった今だからこそ気付けた、小さな学びや人生の変化を綴っています。

第1話『幸せは、探すものではなかった』

第2話『人は、自分が思うほど他人を見ていない』

第3話『頑張ることを、頑張らなくなった日』

第4話『人生は、遠回りした方が面白かった』

第5話『比べることを、やめた日』

第6話『人生は、思いどおりにならないから面白い』

記事の最後
この記事が役に立ったら、1クリックで応援お願いします
kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。