他人と比べることは、向上心だと思っていました。でも振り返ると、それは自分を苦しめる「心の習慣」でもありました。55歳になった今、比べる相手は他人ではなく、昨日の自分でいいと思えるようになりました。人生は競争ではなく、それぞれ違う景色を見ながら歩く旅。そう気付いた時、心は驚くほど自由になりました。
久しぶりに日本へ帰ると、業界の知人と食事をする機会があります。
近況を話していると、こんな話題になります。「あの会社、大きくなったね。」「○○さん、独立したらしいよ。」「最近、ずいぶん活躍しているみたいだね。」
以前の私は、そのたびに心が少しざわついていました。相手の話を聞きながら、どこかで自分と比べているのです。焦りとも、羨ましさとも少し違う。でも確かに、心が落ち着かない。
不思議なのは、その人が嫌いなわけではないことです。むしろ尊敬している人も多い。それでも心がざわつく。
今になって思えば、あれは相手への感情ではありませんでした。「自分はこのままでいいのだろうか」という不安が、他人の姿を借りて現れていただけだったのです。
でも55歳になった今、その気持ちはほとんどなくなりました。なぜそうなったのか。今回は、そのことについて書いてみたいと思います。
長年、水産業界で営業をしていた私は、業界の中での自分の立ち位置がいつも気になっていました。
あの会社はどれくらい売上があるのか。あの営業マンはどんな取引先を持っているのか。自分はどのくらい評価されているのか。
比べる相手は、特定の誰かではありませんでした。業界全体の中で、自分がどこにいるのかを、いつも確認しようとしていました。
今思えば、なぜそこまで気にしていたのか不思議です。でも当時は、それが自分の価値を測る唯一の方法でした。他人と比べることでしか、自分の現在地が分からなかったのです。
そして、その感覚は会社員を辞めても終わりませんでした。
50歳でインドネシアへ来て、会社を作りました。会社員を辞めたのだから、もう誰かと比べることもなくなるだろう。そう思っていました。肩書きも、役職も、営業成績も関係ない世界へ来たのだから。
でも違いました。
今度は他社の売上が気になりました。同じ時期に起業した人の成長が気になりました。日本にいる同世代がどう生きているのかも気になりました。昔の同僚が活躍しているという話を聞けば、「すごいな」と思う一方で、心が少しざわつく。
比べる相手が、会社員時代とは変わっただけだったのです。
起業すれば自由になれると思っていました。でも比較からは自由になれませんでした。
ある時、それに気付いてはっとしました。場所を変えても、仕事を変えても、比較が終わらない。ということは、問題は外にあるのではない。比較は、環境の問題ではありませんでした。自分の心の習慣だったのです。
変化は、ある日突然やってきたわけではありません。少しずつ、気付かないうちに変わっていきました。
インドネシアで暮らし、工場を動かし、スタッフと毎日向き合っていると、他人の会社を気にしている暇がなくなりました。今日の問題を解決することで精一杯だったからです。
そうするうちに、自然と比べる相手が変わっていきました。他の会社ではなく、昨日の自分の会社。他の経営者ではなく、昨日の自分。
今日は昨日より、少しだけ前へ進めたか。スタッフと昨日より笑えたか。昨日より少し良い会社になったか。お客様に昨日より誠実に向き合えたか。
それだけを考えるようになりました。
不思議なことに、その方が毎日が充実して感じられるようになりました。他人との比較にはゴールがありません。上を見ればさらに上がいます。横を見れば気になる人がいます。比べ続ける限り、満足する日は来ません。
でも昨日の自分との比較は違います。それは、自分で変えることができます。そして、小さな前進を毎日感じることができます。その積み重ねが、気が付けば大きな変化になっていました。
若い頃の私は、人生を競争だと思っていました。誰かより早く。誰かより上に。誰かより多く。学校でも、仕事でも、いつも順位がありました。競争に勝つことが、前へ進むことだと思っていました。
でも55歳になって思います。人生は競争ではありませんでした。
競争には順位があります。勝者と敗者があります。でも人生には、決まった順位はありません。
ある時から、こう思うようになりました。人生は、競争ではなく旅なのだ、と。
旅に順位はありません。誰かより速く歩く必要もありません。自分のペースで歩き、自分だけの景色を見ればいい。その旅の途中で出会う人や景色こそが、人生を豊かにしてくれるのだと思っています。
競争をやめた瞬間、旅が始まりました。
前回、「私だけの道だった」と書きました。道が違えば、景色も違います。
日本で働き続けた人には、その人だけの景色があります。業界で成功した人には、その人だけの景色があります。そして私には、インドネシアで歩いてきた道だからこそ見えた景色があります。
マカッサルの朝の工場。漁師さんが水揚げするタコ。夕方、海へ沈む太陽。スタッフの笑顔。
それらは、遠回りしながら、この道を歩いてきたからこそ見えた景色でした。最短距離を選んでいたら、きっと見ることはなかったでしょう。
同じ夕日でも、見える景色は人それぞれです。だから、比べることに意味がないのではありません。そもそも、比べるものが違ったのです。
そう思えるようになってから、他人の道がほとんど気にならなくなりました。
久しぶりに業界の知人と会っても、もう以前のように心がざわつくことはありません。
「ああ、この人はこんな道を歩いてきたのか。」そう思うだけです。その人の道と、私の道は最初から違います。
55歳になって、ようやく分かったことがあります。
比べることをやめると、人生は急に楽になります。他人の速さに合わせなくていい。他人の道を急がなくていい。私には、私だけの歩幅があります。そして、その歩幅で歩いてきたからこそ、今日の景色があります。
だから私は、もう誰かの人生を急がなくなりました。今日も、自分の歩幅で歩いていこうと思います。
次回は、
「人生は、思いどおりにならないから面白い」
について書いてみたいと思います。
起業も、工場も、人も、思いどおりにはなりませんでした。でも今振り返ると、思いどおりにならなかったからこそ出会えた人がいて、見えた景色がありました。そんなことを書いてみたいと思います。
この連載では、55歳になった今だからこそ気付けた、小さな学びや人生の変化を綴っています。