飛行機でマカッサルへ向かう時、窓の外をぼんやり眺めることがあります。
雲の上から地上を見ていると、これまで歩いてきた人生を思い返すことがあります。
そんな時、時々こう言われた言葉を思い出します。
「もっと若いうちに海外へ来れば良かったですね。」
確かにそうかもしれません。30歳なら体力もある。40歳なら時間もある。50歳で始めるより、ずっと有利だったかもしれません。
でも私は、55歳になった今、少し違うことを思います。
もし30歳でインドネシアへ来ていたら、今の私は、ここにはいなかっただろう、と。
若い頃の私は、いつも効率を考えていました。どうすれば早く昇進できるか。どうすれば営業成績を上げられるか。どうすれば時間を無駄にしないか。
人生には正しいルートがある。そのルートを外れることは、遅れることだと思っていました。
だから同期が先に昇進すると焦りました。同世代が起業したと聞くと、自分だけが取り残されているような気がしました。最短距離を歩いている人を見ては、自分はまだここにいると感じていました。
でも今思えば、あの頃の私は、「どこへ向かうか」よりも、「どれだけ速く進むか」ばかりを考えていたのです。
20代で営業を覚えました。30代で水産業を深く学びました。40代で管理職として人をまとめることを経験しました。
その間ずっと、心のどこかで思っていました。「いつかは独立したい。」「いつかは自分の仕事をしたい。」
でも「いつか」は、なかなか来ません。毎日の仕事に追われ、気が付けば50歳になっていました。
当時の私は、その30年間を「準備できなかった時間」だと思っていました。本当にやりたいことへ向かえなかった、遠回りの時間だと。
しかし今は、まったく違う見方をしています。
インドネシアで会社を作り、最初に役に立ったのは、30年間の会社員経験でした。
営業で培った交渉力が、現地のバイヤーとの商談で生きました。水産業で身につけた品質管理の知識が、工場の仕組みづくりに直結しました。管理職として人をまとめてきた経験が、スタッフとの信頼関係を築く土台になりました。
日本でタコを扱い続けた30年間。当時は「一生この仕事なのかな」くらいにしか思っていませんでした。でも50歳でインドネシアへ来た時、その30年間が、そのまま会社の土台になっていたのです。
会社員生活は、本番ではありませんでした。でも、準備でもありませんでした。
あの30年間そのものが、私の人生だったのです。そして、その人生が、今の私を支えてくれていました。
遠回りだと思っていた道が、実は伏線だったのです。
歩いている時には、分からないことがあります。なぜ今この仕事をしているのか。なぜこの会社にいるのか。なぜこの失敗をしたのか。
その時は意味が見えません。だから焦る。だから遠回りだと感じる。
でも55歳になって振り返ると、すべてがつながって見えます。あの営業経験があったから、今がある。あの失敗があったから、今がある。あの30年間があったから、今がある。
人生は、歩いている時には地図がありません。だから、今いる場所が正しいのかも分からない。でも振り返ると、歩いてきた道が一本につながっています。
その時初めて、「ああ、この道で良かったんだ」と思えるのです。
若い頃の私は、人生には正しい道があると思っていました。その道を外れることが怖かった。最短距離を行けない自分が情けなかった。
でも今は違います。
正しい道など、最初からなかったのです。
歩いた道が、あとから自分だけの道になる。それが人生なのだと、55歳になってようやく分かりました。
遠回りの途中にいた頃の私に、誰かがそう言ってくれていたら、と思うことがあります。
焦らなくていい。今歩いているその道は、10年後、20年後に、誰にも真似できない自分だけの土台になっている、と。
でも今思えば、誰かに言ってもらわなくても良かったのかもしれません。あの遠回りの時間を、自分の足で歩き切ったから、今この景色が見えているのだと思うからです。
時々、まだこう思うことがあります。「もっと早く気付いていれば。」
でも、すぐに思い直します。早く気付いていたら、今の気付きはなかった。
50歳まで会社員を続けたから、インドネシアで戦えた。30年間タコと向き合ったから、マカッサルの海が自分の生きる場所になった。遠回りしたから、今ここに立っています。
55歳になって、ようやく分かったことがあります。
人生に、無駄な時間はありませんでした。意味がなかったと思っていた日も、遠回りだと思っていた道も、全部、今日の私へ続いていました。
だから今は、遠回りだったとは思っていません。
私だけの道だった。そう思っています。
次回は、
「比べることを、やめた日」
について書いてみたいと思います。
若い頃は、いつも誰かと自分を比べていました。でも55歳になった今、比べる相手は他人ではなく、「昨日の自分」で十分なのだと思えるようになりました。
この連載では、55歳になった今だからこそ気付けた、小さな学びや人生の変化を綴っています。