クラパガディンで新しいLRTを降り、巨大なショッピングモールを少し歩いたあと、タクシーでタンジュンプリオク駅へ向かいました。
距離にすれば、それほど離れていません。ところが、車窓の景色は少しずつ変わっていきます。ガラス張りのビルが減り、コンテナを積んだトレーラーが増え、道路脇には屋台が並び始めます。タンジュンプリオク港に近づいていることが、窓の外を見ているだけで分かりました。
タクシーを降りると、アンコット、バイク、屋台が入り交じっていました。
水色のアンコット(乗り合いミニバス)が客待ちをしていて、その後ろを赤いアンコットが通り過ぎていきます。奥にはコンテナを積んだトラックが見えます。港がすぐそこにある駅なのだと実感しました。
歩道には屋台がずらりと並んでいます。冷たい紅茶が5,000ルピアです。店番のおばさんが、ちらっとこちらを見ました。
グラブとゴジェックのパラソルの下に、ミーアヤム、バタゴール、シオマイの屋台が並びます。バイクがあちこちに停められていて、その向こうにモスクの白いドームが見えます。
コーヒーの小袋やお菓子をぶら下げたワルン(小さな売店)の屋根越しに、白い建物の柱が見えました。これが駅舎です。
正面に回ると、「KAI Tanjung Priok」の文字があります。白い堂々とした建物なのに、手前には屋台が並び、電線が何本も横切っています。ヨーロッパの古い駅前とはまったく違います。でも、この雑然とした感じこそ、ジャカルタの駅の入口らしいと思いました。
横の入口から中へ入りました。
見上げると、天井がとても高いのです。格子状に組まれた白い天井から、丸いランプが長い鎖で吊るされています。壁の下半分は青みがかったタイル張りで、表面の色むらが、かえって味わいになっています。
外の喧騒が、嘘のように静かでした。ほんの数十メートル歩いただけですが、先ほどまでいた駅前とはまったく違う場所です。
現在の駅舎は、オランダ領東インドの国営鉄道会社(Staatsspoorwegen)が建てたものです。設計は同社の主任技師だったC.W.コッホ。工事は1914年に始まりましたが、第一次世界大戦の影響で遅れ、開業したのは1925年4月6日でした。最初のタンジュンプリオク駅は1885年、港の岸壁近くに開業しましたが、港の拡張に伴って現在の場所へ移されました。
その後、この駅は1999年に一度使われなくなり、再び動き出したのは2009年のことです。
特に目を引いたのが、古い切符売り場です。タイルの壁に木枠の窓口が並び、その前には鋳鉄製の柵が残っています。昔はこの柵に沿って、乗客が列を作ったのでしょう。窓口には「KAI Access」のステッカーが貼られていて、100年前の造りと今のアプリの広告が同じ場所に収まっています。
隣のホールには、赤い自動券売機が並んでいました。古いタイルの壁と、真っ赤な機械。この組み合わせも、なかなか面白い眺めです。
改札を抜けてホームへ出ると、まず目に入るのが巨大な鉄骨屋根です。
ホーム全体を、鉄骨のアーチ屋根が覆っています。細い鉄骨が何重にも組まれ、奥のほうは明るく抜けていて、まるでヨーロッパのターミナル駅にいるようです。
この駅は、タンジュンプリオク港が国際航路の玄関口だった時代に、港とバタビア市内を結ぶ重要なターミナルでした。当時の待合室は、現地の人とオランダ人・貴族とで分けられていて、オランダ人向けの待合室にはレストランやバー、ダンスホールまであったといいます。船でやってきた人たちが、この屋根の下を通ってバタビアへ向かったのでしょう。
隣の線路には、コンテナを積んだ貨車や青い貨車が並んでいました。かつて国際港の玄関口として栄えた駅に、今も貨物用の車両が停まっています。その光景にも、港町の駅らしさを感じます。
これほど立派な駅ですが、現在はジャカルタ・コタとの間を結ぶピンクラインの終着駅です。タンジュンプリオクからジャカルタ・コタへ向かう途中には、2026年6月に開業したJIS駅、アンチョール駅、カンプンバンダン駅があります。路線は約8.1キロで、ジャカルタのKRL(通勤電車)の中で最も短い系統です。
これだけ立派な駅なのに、現在走っているのは短い支線です。実際に来てみるまで、なぜこれほど大きな駅が残っているのか不思議でした。
ホームに停まっている電車を見て、「あれ?」と思いました。いつもの通勤型KRLではありません。スカルノ・ハッタ空港へ向かう、空港鉄道の車両です。
よく見ると、ホームと車両の間には、木製の乗降台が置かれています。乗客はこの台を上り下りして、空港鉄道の車両に乗り込んでいました。車体には「EXECUTIVE」の表示も残っています。100年前の大屋根の下で、この乗降台から空港鉄道に乗り込む光景は、なんとも不思議でした。
実はこれ、2026年9月10日から始まった臨時の運用です。混雑しているボゴール線に通勤車両を回すため、その穴埋めとして空港鉄道の車両がこの線に来ています。車両は空港仕様でも、運賃や時刻は通常のKRLと同じです。
車内に入ると、シートがずらりと並び、荷物置き場もあります。エグゼクティブの座席に座って3,000ルピアでジャカルタ・コタまで行けるので、私には少し得をしたように感じられました。
KAI Commuterは一時的な運用と説明していますが、いつまで続くのかは明らかになっていません。少なくとも私が訪れた10月20日には、まだ空港鉄道の車両が走っていました。100年前の駅に空港鉄道が入ってくるこの光景は、今だけのものかもしれません。
この日は、新しく延伸したLRTでマンガライからクラパガディンへ向かい、そこからタクシーでタンジュンプリオク駅まで移動しました。
出発点は最新のLRTと巨大モール。到着した先には、アンコットと屋台で埋まった駅前があり、その奥には1925年開業の駅舎が残っていました。さらにホームに停まっていたのは、臨時運用中の空港鉄道です。
これだけ異なる風景を、数時間の移動で続けて見られるのがジャカルタの面白いところです。
タンジュンプリオク駅は観光用に保存された建物ではなく、現在も3,000ルピアで乗れる通勤路線の駅です。空港鉄道の臨時運用が終わっても、あの大きな鉄骨屋根を見に、もう一度訪れたい駅です。