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50歳で会社を辞めた私が最初に失ったもの

記事の冒頭
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50歳で会社を辞めた私が最初に失ったもの

退職した翌朝、私はいつものように目を覚ましました。

しかし、その日から会社へ行く場所はありませんでした。

自由になるはずだったのに、不思議と怖かった。

会社を辞めて最初に失ったのは給料ではありません。名刺でもありません。肩書でもありません。

それは、「会社員であることが当たり前」という感覚でした。

50歳で会社を辞め、海外で新しい人生を始めた私が感じた不安と喪失、そしてその先にあったものについてお話しします。

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50歳から人生を変えてみた

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※この連載を初めて読む方へ

第1話

「50歳で会社を辞めた。 そして私は、インドネシアで工場を作ることになった」

第2話

「人生を変えたのは起業ではなかった ― 環境を変えるという選択」

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本文の途中(見出し前)
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50歳から人生を変えてみた 第3話

会社を辞めたら、何を手に入れられるのだろう。

独立を考えていた頃、私はそんなことばかり考えていました。

自由な時間。

新しい挑戦。

自分の会社。

新しい人生。

会社員では見えなかった景色。

そんなものを想像していました。

しかし実際に会社を辞めて最初に感じたのは、

「何を手に入れたか」

ではありませんでした。

「何を失ったか」

でした。

退職した翌朝のことです。

私はいつものように早く目が覚めました。

長年の習慣です。

時計を見て、気付きます。

今日は会社へ行かなくていい。

いや――会社へ行く場所が、もうない。

その瞬間、何とも言えない感覚になりました。

開放感ではありません。

自由でもありません。

少しだけ、怖かったのです。

当たり前ではなかった当たり前

25年以上、私は会社員として働いてきました。

朝起きる。

会社へ行く。

仕事をする。

帰宅する。

給料をもらう。

その繰り返しが、当たり前すぎて気付かなかった。

しかし、その当たり前は決して当たり前ではありませんでした。

会社という組織があったからこそ成り立っていたのです。

会社員時代の私は、自分の力で仕事をしているつもりでした。

お客様を訪問し、提案をし、商談をまとめる。

問題が起きれば対応する。

自分の実力で結果を出している。

そう思っていました。

もちろん間違いではありません。

しかし独立して初めて気付いたことがあります。

私が思っていた以上に、会社が私を支えてくれていたのです。

名刺が教えてくれたこと

例えば名刺です。

会社員時代、名刺のことなど考えたこともありませんでした。

初対面の相手に名刺を渡す。

相手は会社名を見る。

それだけで、ある程度の信用が生まれる。

当たり前のことです。

しかし独立すると、その当たり前が消えます。

「どちらの会社ですか?」

と聞かれて会社名を言う。

すると相手は次にこう聞いてきます。

「その会社は何をしている会社ですか?」

「設立何年ですか?」

「実績はありますか?」

「社員は何人ですか?」

会社員時代には聞かれたことのない質問です。

なぜなら、会社が先に信用を持っていたからです。

しかし独立すると、会社名ではなく自分自身が信用されるかどうかになります。

これは想像していた以上に大きな違いでした。

長年営業をしてきて、人と話すことには慣れていたつもりでした。

それでも独立した最初の頃は、自分が急に小さくなったような気がしたのです。

「自分は何者なのだろう」

もっと正直に言うと、こう思うことがありました。

「自分は何者なのだろう」

会社員時代は簡単です。

〇〇会社の〇〇です。

それで済みます。

肩書もある。

所属もある。

役職もある。

しかし独立すると、それが全部消えます。

肩書が消える。

組織が消える。

後ろ盾が消える。

残るのは、自分だけです。

私はそこで初めて気付きました。

会社を辞めるというのは、仕事を辞めることではない。

自分を支えていた多くのものを手放すことなのだと。

お金よりも怖かったもの

もちろん収入の不安もありました。

将来への不安もありました。

しかし一番大きかったのは、お金ではありません。

心理的な不安でした。

会社員でいると、自分の価値を会社の中で測ります。

営業成績。

役職。

評価。

給与。

しかし会社を離れると、その物差しがすべてなくなります。

すると急に不安になるのです。

自分には本当に価値があるのだろうか。

会社という看板がなくなっても通用するのだろうか。

インドネシアへ来てから、その感覚はさらに強くなりました。

言葉も通じない。

文化も違う。

知り合いも少ない。

実績もない。

日本で積み上げてきたものが、一度リセットされたような感覚でした。

50歳にして、またゼロから始める。

そんな気持ちでした。

それでも、必要な経験だった

今振り返ると、それは決して悪いことではありませんでした。

むしろ、必要な経験だったと思っています。

なぜなら私は、その時初めて自分自身と向き合ったからです。

会社員としての自分でもない。

営業マンとしての自分でもない。

肩書のついた自分でもない。

一人の人間としての自分と向き合ったのです。

それは怖いことでした。

でも同時に、とても面白いことでもありました。

もしあの時会社を辞めなかったら、

私は一生気付かなかったかもしれません。

自分がどれだけ会社に守られていたのか。

そして、自分が思っている以上に何も持っていなかったことに。

失って、初めて手に入るもの

しかし不思議なものです。

何かを失うと、人は新しいものを手に入れる準備ができます。

私は会社員という肩書を失いました。

安定も少し失いました。

安心感も失いました。

しかしその代わりに、

新しい人との出会い。

新しい経験。

新しい価値観。

そして新しい自分を手に入れることになります。

ただ、その時の私はまだそんなことを知りませんでした。

正直に言えば、不安の方が大きかった。

本当にこの選択は正しかったのだろうか。

家族を巻き込んでしまったのではないか。

50歳で挑戦するなんて無謀だったのではないか。

そんなことばかり考えていました。

本当に失ったもの

50歳で会社を辞めた私が、最初に失ったもの。

それは給料ではありませんでした。

名刺でもありません。

肩書でもありません。

「会社員であることが当たり前だという感覚」

だったのだと思います。

そして、その当たり前を失ったことで、私はようやく人生を自分の足で歩き始めることになりました。

もっとも、その頃の私は、そんな立派なことを考えていたわけではありません。

ただ毎日、不安でした。

その不安は、インドネシアへ来ても消えませんでした。

会社を作っても消えませんでした。

新しい生活が始まっても消えませんでした。

そしてある夜、私はふと考えるのです。

「失敗したらどうしよう」

次回は、その話を書いてみたいと思います。

50歳の私が、本当に怖かったものについてです。

記事の最後
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kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。