正直に言うと、私は少し自信がありました。
20年以上、水産業界で営業をやってきた。
全国を飛び回り、多くのお客様と取引してきた。
仕入先との交渉も経験してきた。
海外との取引だって初めてではありません。
50歳。
若くはない。
でも経験はある。
だからインドネシアへ行っても、何とかなると思っていました。
もちろん苦労はするだろう。
失敗もするだろう。
それでも、これまで積み上げてきた経験があれば乗り越えられる。
そんなふうに考えていました。
しかし、その自信は数か月で粉々になります。
あれは会社を設立してしばらく経った頃のことでした。
担当者に聞きました。
「手続きはどうなっていますか?」
すると、
「進んでいます」
と言います。
翌週また聞きました。
「進んでいます」
と言います。
翌月聞いても、
「進んでいます」
と言います。
私は安心していました。
日本人の感覚で言えば、
進んでいるなら、そのうち終わる。
そう思うのが普通だからです。
ところが数か月後。
思いもよらない事実が分かります。
何も動いていなかったのです。
本当に何も。
私の感覚では衝撃でした。
いや、正直に言えば腹も立ちました。
なぜもっと早く言わないのか。
なぜ報告しないのか。
なぜ誰も問題にしないのか。
日本なら考えられません。
進捗を確認したら進捗が返ってくる。
期限があれば期限に向かって動く。
止まっていたら「止まっています」と報告する。
私はそれが世界共通の常識だと思っていました。
しかし、その時私はまだ気付いていませんでした。
問題は相手ではなかったのです。
問題は、
「日本の常識でインドネシアを見ていた私自身」
でした。
私は50歳まで日本で暮らしていました。
毎朝起きて会社へ行く。
お客様を訪問する。
見積書を作る。
仕入先と交渉する。
帰宅する。
休みの日は家族と過ごす。
それが当たり前でした。
長年同じ業界で働いていると、自分では気付きません。
しかし実際には、知らないうちにその環境に最適化されています。
どのお客様が何を考えているか分かる。
業界の常識も分かる。
問題が起きても、だいたい解決方法が分かる。
誰に相談すればいいかも分かる。
言ってみれば、自分のホームグラウンドです。
サッカーでも野球でもそうですが、ホームとアウェーは全く違います。
ホームでは活躍できる選手も、アウェーでは力を発揮できないことがあります。
50歳までの私は、日本というホームグラウンドで生きていました。
だから自分がどれだけ環境に支えられていたか、全く分かっていなかったのです。
50歳が近づいた頃から、私はある違和感を感じていました。
仕事に不満があるわけではない。
給料に不満があるわけでもない。
人間関係に悩んでいるわけでもない。
それなのに、どこか落ち着かない。
今思えば、
「もっと成長したい」
という気持ちだったのかもしれません。
しかし安定した環境の中にいると、人はなかなか変われません。
変わる必要がないからです。
毎日忙しく働いていました。
でも5年後も10年後も、何となく未来が想像できてしまう。
朝起きて会社へ行く。
定年まで働く。
退職する。
老後を過ごす。
もちろん、それは素晴らしい人生です。
否定するつもりはありません。
ただ私は、その想像できてしまう未来に少し物足りなさを感じていました。
そして私はインドネシアへ来ました。
最初の頃は、本当に何も分かりませんでした。
言葉が分からない。
文化が分からない。
商習慣が分からない。
役所の仕組みも分からない。
人脈もない。
知り合いも少ない。
日本では当たり前にできていたことが、何一つできないのです。
私はそれまで20年以上、水産業界で仕事をしてきました。
多少の経験もありました。
お客様との付き合い方も分かっていました。
営業にも自信がありました。
しかしインドネシアでは、その経験の多くが通用しませんでした。
冒頭の行政手続きの話もそうです。
「進んでいます」
という言葉を、私は日本語の「進んでいます」として受け取っていた。
しかし意味が違った。
言葉だけではありません。
その言葉の背景にある時間感覚も違う。
優先順位も違う。
仕事への考え方も違う。
人との距離感も違う。
何もかも違ったのです。
私は50歳にして新人になりました。
いや、新人以下だったかもしれません。
新人には少なくとも先輩がいます。
しかし私は経営者でした。
分からなくても自分で判断しなければならない。
その重圧は想像以上でした。
しかし不思議なことがあります。
人は環境が変わると、変わらざるを得ません。
英語を使わなければ仕事にならない。
インドネシア語を覚えなければ話にならない。
現地の人と向き合わなければ前へ進めない。
問題を解決しなければ会社が潰れる。
そうなると、嫌でも行動するようになります。
私はよく、
「どうやって人生を変えたのですか」
と聞かれます。
でも正直なところ、
私が人生を変えたというより、
環境が私を変えたのだと思っています。
人間は意志の力だけではなかなか変われません。
ダイエットしようと思っても続かない。
英語を勉強しようと思っても続かない。
読書しようと思っても三日坊主になる。
私も同じです。
でも環境が変わると話は別です。
変わらなければ生き残れないからです。
多くの人は、
「海外で起業するなんてすごいですね」
と言います。
確かに起業も大変でした。
しかし今思うと、起業そのものより、新しい環境の中で自分を作り直すことの方がずっと大変でした。
会社を作ることは手続きです。
お金を出せば会社は作れます。
しかし新しい環境で生きることは別の話です。
毎日の判断基準。
毎日の行動。
毎日の習慣。
毎日の常識。
それを一つずつ壊して、作り直さなければならない。
私はインドネシアへ来て初めて知りました。
人生を変えるとは、仕事を変えることではない。
住む場所を変えることでもない。
環境を変え、その環境の中で自分自身が変わっていくことなのだと。
50歳で会社を辞めた時、私は人生を変えようと思っていました。
でも今振り返ると、人生を変えたのは起業でも決断でもありませんでした。
環境でした。
そしてその環境は、私が想像していた以上に厳しいものでした。
まず壊れたのは、自分の常識でした。
次に壊れたのは、もっと大切なものでした。