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「ジャカルタでは見えない現実」ガソリン値上げで苦しむのは、いつも地方です

記事の冒頭
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「「インドネシアのガソリンは他国より安い」——そんな説明を聞くたびに、私は違和感を覚えます。なぜなら同じインドネシアでも、ジャカルタと地方では収入も生活環境も大きく異なるからです。マカッサルで暮らし、離島の漁師たちと接する中で見えてきた、ガソリン値上げの本当の影響。数字では見えない地方の現実について書いてみました。

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ガソリン値上げに、また「他国より安い」という説明

2026年、インドネシア政府がガソリン価格を引き上げました。

するとすぐに、政府関係者や経済専門家から聞き慣れたフレーズが聞こえてきます。

「それでもインドネシアのガソリンは他国より安い」

確かに、数字だけを見ればそうなのかもしれません。

しかし私は、その言葉を聞くたびに違和感を覚えます。

なぜなら同じインドネシアでも、

月収5万円のジャカルタと、

月収2万円の地方が存在するからです。

そして今回のガソリン値上げで苦しくなるのは、決まって後者です。

本当に比べるべきなのは、他国のガソリン価格なのでしょうか。

ジャカルタの「5万円」と地方の「2万円」

インドネシアは一つの国ですが、実際に暮らしていると、まるで別の国が重なり合っているように感じることがあります。

ジャカルタ首都圏の最低賃金は月500万ルピア前後です。日本円でおよそ5万円になります。

一方、地方ではどうでしょうか。

南スラウェシや東ヌサトゥンガラ、マルクなどでは、最低賃金が200万〜300万ルピア台の州も珍しくありません。

日本円にすると約2万円程度です。

それなのにガソリン価格は全国一律です。

収入は半分なのに、燃料代は同じです。

政府はこれを「公平性」と説明します。

しかし地方の人々からすれば、それは公平ではなく、一律という名の不公平に映るのではないでしょうか。

バイクは「乗り物」ではなく「生活インフラ」

日本人の感覚でガソリン代を考えると、少しズレが生じます。

日本ではガソリンは主に車の燃料です。

電車もあります。

バスもあります。

自転車もあります。

しかしマカッサルでは違います。

バイクは単なる移動手段ではありません。

生活そのものです。

朝の通勤。

子どもの学校への送迎。

市場への買い物。

病院への移動。

漁港への往復。

ほぼすべての移動がバイクで完結しています。

つまりガソリン価格が上がるということは、生活コスト全体が上がるということです。

「少しガソリンが高くなった」

というレベルの話ではありません。

漁村ではさらに深刻

私たちがタコの仕入れで関わっている漁村では、燃料値上げの影響が連鎖します。

漁船の燃料代が上がります。

集荷トラックのコストが上がります。

輸送費も上がります。

発電機の燃料も上がります。

しかし、タコの買い取り価格が同じように上がるわけではありません。

買い取り価格は市場価格や輸出単価によって決まるためです。

コストだけが上がり、収入は変わりません。

その差を吸収するのは、最終的には漁民の手取りです。

数字を見ているだけでは分からない現実が、ここにはあります。

「他国より安い」は答えにならない

政府は言います。

「インドネシアのガソリン価格は他国と比べてまだ安い」と。

しかし地方の人たちはこう感じています。

「昨日より高くなった」

「今月の生活が苦しくなった」

彼らが見ているのは国際比較ではありません。

家計簿です。

そして、それは決して間違った感覚ではないと思います。

私たちは経済学の教科書の中で暮らしているわけではないのですから。

プラボウォ大統領の反論が示すもの

2026年6月、プラボウォ大統領は英誌『エコノミスト』への反論を発表しました。

無償給食プログラム(MBG)への批判に対し、スタンティング(発育阻害)の現実を挙げて擁護し、経済成長率8%という目標を掲げました。

そして最後にこう述べています。

「政府はレトリックではなく、成果で批判に答える」

その言葉は理解できます。

確かに、最終的に国民の生活が豊かになれば評価されるべきでしょう。

しかし国民は、その成果が出るまで待てません。

なぜなら生活は今日も続いているからです。

給料日は来月です。

子どもの学費も来月です。

しかし市場で買う米の値段は今日上がっています。

人々は将来の成果だけではなく、今の生活を見ています。

学生たちの怒りの背景

最近ジャカルタでは、学生たちが「Menuju Indonesia Bangkrut(インドネシア破綻へ向かっている)」という言葉を掲げてデモを行いました。

私は「破綻」という言葉そのものには少し違和感があります。

しかし、彼らが感じている不安は理解できます。

おそらく彼らが言いたいのは、

「8%成長なんて無理だ」

ということではありません。

むしろ、

「私たちはそのプロセスを見たい」

「本当に国民のためなのか確認したい」

「失敗したとき、誰が責任を取るのか知りたい」

ということではないでしょうか。

結果だけを約束されても、過程が見えなければ信じることはできません。

それは、とても自然な感覚だと思います。

「成果で評価してほしい」と「プロセスも見せてほしい」

大統領の主張と国民の要求は、一見対立しているように見えます。

しかし本来、民主主義には両方が必要です。

結果だけでも不十分です。

プロセスだけでも不十分です。

問題は、今のインドネシアでは生活の余裕が薄れていることです。

だから国民は、

「将来の約束」

よりも、

「今の説明責任」

を求め始めているように見えます。

歴史は繰り返しません。

しかし、時として韻を踏みます。

おわりに

今回のガソリン値上げを見て改めて感じました。

問題はガソリン価格そのものではありません。

収入は半分なのに、燃料代は同じ。

その現実を見ずに「他国より安い」と言われても、地方の人たちには響きません。

ジャカルタから見えるインドネシアと、地方から見えるインドネシア。

その距離は、私たちが思っている以上に大きいのかもしれません。

そして、その答えはジャカルタのオフィスではなく、地方の市場や漁村にあります。

少なくとも、マカッサルで暮らし、離島の漁師たちと話してきた私にはそう見えています。

記事の最後
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kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。