ジャカルタ中心部のブンダランHI(ホテル・インドネシアロータリー)で、大規模な学生デモが行われました。
デモのタイトルは、
「Menuju Indonesia Bangkrut(ムヌジュ・インドネシア・バンクルット)」
日本語にすると、
「インドネシア破綻へ」
「インドネシアは破産に向かっている」
というかなり刺激的なものです。
主催したのはインドネシア大学学生執行部(BEM UI)ですが、実際には全15学部に加え、IPB大学、ジャカルタ国立工科大学、パンチャシラ大学など複数の大学や団体が加わった連合体による行動でした。参加者は1,000人を超えたと報じられています。
日本でこのニュースだけを見ると、
「インドネシアはそんなに危険な状態なのか?」
と思うかもしれません。
しかし実際にインドネシアで生活していると、このデモは単なる政治運動というよりも、多くの国民が感じている生活不安を象徴しているように見えます。
今回は、このデモの背景に何があるのかを現地在住者の視点で整理してみたいと思います。
今回のデモで学生たちが掲げたのは、次の5つです。
BEM UI議長のヤタラトフ・マスム・イマワン氏は、
「経済成長は紙の上では正の数字でも、国民の購買力は下がっている。生活必需品と燃料の値段は高止まりしたまま、仕事の口はどんどん減っている」
と主張しています。
特に注目すべきは3番目の要求です。
プラボウォ政権の目玉政策であるMBG(学校給食無償化プログラム)に対して、「停止せよ」という声が学生から上がっています。
一見すると子どもたちのための良い政策に聞こえますが、学生たちが問題視しているのは政策そのものではありません。
「財政状況が厳しくなっているにもかかわらず、大型事業や新たな支出が次々に進められているのではないか」
という政府の財政運営に対する不信感です。
なお、デモ当日はセマンギ付近で学生を乗せたバスが機動隊に阻まれ、会場に到着できない場面もあったと報じられています。
私がマカッサルで生活していて最も感じるのは、
「何をするにもお金がかかるようになった」
ということです。
特にここ数か月で大きいのがルピア安です。
私がインドネシアへ来た頃は、1ドル=14,000ルピア前後でした。
しかし2026年6月には一時18,000ルピア近辺まで下落し、現在も17,000ルピア後半で推移しています。
来た頃と比べると、ルピアの価値は大きく下がったことになります。
これは輸入品価格に直接影響します。
インドネシアはエネルギーや工業製品、食品原料など多くを輸入しています。
ルピアが下がれば輸入価格は上昇し、その負担は最終的に消費者へ回ります。
スーパーへ行くたびに、
「また値上がりしている」
と感じることも少なくありません。
さらに大きな問題が燃料価格です。
インドネシアでは補助金付き燃料がありますが、それ以外の燃料価格はこの数年で大きく上昇しています。
日本人から見ると、
「それでも日本より安い」
と思うかもしれません。
しかし重要なのは所得との比較です。
インドネシアの平均所得で考えると、燃料価格の上昇は非常に大きな負担になります。
バイクで通勤する人。
オンライン配達を行う人。
漁業や物流に関わる人。
多くの人が燃料価格の影響を直接受けています。
物流コストが上がれば食品価格も上がります。
結果として、
「給料は増えないのに生活費だけが上がる」
という状態になってしまいます。
2024年の大統領選挙で当選したプラボウォ大統領は、多くの大型施策を同時に進めています。
MBG(学校給食無償化プログラム)、Danantara(国家投資ファンド)構想、インフラ投資、国営企業改革、地方開発などです。
もちろん、これらの政策には将来の成長を目指すという目的があります。
しかし一方で、
「本当にお金は足りるのか」
という不安を抱く国民も少なくありません。
企業経営をしている立場から見ても、将来への投資は重要ですが、資金繰りも同じくらい重要です。
国家財政も同じです。
いくら良い政策でも、お金が続かなければ実現できません。
学生たちが「APBN(国家予算)の無駄遣い停止」を最初の要求として掲げた背景には、こうした不安があるのでしょう。
結論から言えば、現時点でインドネシアが国家破綻する可能性は低いと私は考えています。
理由はシンプルです。
政府債務のGDP比率は約40%前後で、国際的に見れば依然として管理可能な水準です。
またインドネシアは若い人口が多く、経済成長率も5%前後を維持しています。
天然資源も豊富です。
ニッケル。
石炭。
天然ガス。
パーム油。
そして水産資源。
世界的に見ても成長余地の大きい国であることは間違いありません。
つまり、
「今すぐ破綻する」
のではなく、
「将来に対する警戒感が高まっている」
と考える方が実態に近いでしょう。
今回のデモを見ていて感じたのは、経済指標そのものではなく、国民の心理が変化していることです。
インドネシア人は基本的に楽観的です。
多少景気が悪くても、
「なんとかなる」
という考え方が強い国です。
しかし最近は、
などが重なり、若い世代を中心に将来への不安が広がっています。
今回の「インドネシア破綻へ」という言葉は、国家財政の数字そのものよりも、
「このままで本当に大丈夫なのか」
という若者たちの叫びなのかもしれません。
私自身も会社経営をしながら、原料価格の上昇や燃料コストの増加、そしてルピア安の影響を日々感じています。
だからこそ今回のデモは、学生たちだけの問題ではなく、多くのインドネシア人が抱える不安の表れなのだと感じています。
BEM UIによる「インドネシア破綻へ」デモは、一見すると過激な政治運動に見えます。
しかしその背景には、
という現実があります。
私自身はインドネシアがすぐに破綻するとは考えていません。
むしろ長期的には大きな成長余地を持つ国だと思っています。
ただし、
「成長する国」と
「国民が豊かになる国」
は必ずしも同じではありません。
今回のデモは、そのギャップに対する若者たちの警告だったのではないでしょうか。