夜11時を過ぎても、画面の中の数字は、何も答えてくれなかった。
パソコンの画面には、数字が並んでいる。 今月の支払い。来月の支払い。入ってくるはずのお金。 何度足し算しても、答えは変わらなかった。
日本にいた頃なら、この時間はもう、誰かに電話していたと思う。 上司に。先輩に。同期に。 「どう思いますか」と聞けば、誰かが何かを返してくれた。
でも、この部屋には、私しかいなかった。
携帯電話を手に取った。
妻の名前を、しばらく見つめていた。 電話をかけて、何を話すというのだろう。 数字の話をしたところで、心配させるだけだ。 結局、かけなかった。
画面をスクロールする。 古巣の元上司の名前が、まだ残っていた。 日本にいた頃は、迷えばすぐに電話していた相手だった。
指が、その名前の上で止まった。 かけたところで、何を聞けばいいのか、自分でも分からなかった。
決めるのは、結局、自分しかいない。 分かっていたはずのことが、その夜は、やけに重たく感じられた。
外に出ると、遠くのモスクから、夜のアザーンが聞こえてきた。
道端の屋台は、もう片付けを始めている。 バイクが数台、エンジン音を響かせながら通り過ぎていった。
屋台の店主が、鍋を洗いながら、私の方をちらりと見た。 「まだ仕事?」というような顔をしただけで、何も聞いてこなかった。
私は、その屋台の前に座って、コーヒーを一杯もらった。
甘い、インドネシアのコーヒーだった。 何か話しかけられるかと思ったが、店主は、ただ鍋を洗い続けていた。
日本では、判断に迷えば、誰かに相談できた。 でも、この夜は違った。
社長とは、答えを知っている人のことだと、どこかで思っていた。
でも、違った。
社長とは、答えがないまま、決める人のことだった。
コーヒーを飲み終えて、家に戻った。 ダイニングテーブルの前に、また座った。
数字は、まだ何も教えてくれない。 それでも、決めなければならなかった。
結局、その夜、私は一つの決断をした。 それが正しかったのかどうか、今でも分からない。
正しいかどうかを、誰かに確かめてもらうことはできない。 経営という仕事は、正解を選ぶことではなく、 自分で選んだ答えを、正解にしていくことなのかもしれない。
本当は、あのときコーヒーを飲みながら、少しだけ思っていたことがある。
私が欲しかったのは、答えではなかったのかもしれない。 「大丈夫ですよ」 そう言ってくれる誰かが、欲しかったのかもしれない。
あの夜の屋台のコーヒーは、 少しだけぬるくなっていた。
その味を、 今でも、よく覚えている。
翌朝、 私はまた工場へ向かった。
あの日と同じように、答えはまだ分からないまま。