マカッサルでイカンバカールの店に入ると、まず魚を選びます。氷の上に並んだ魚を指差して、焼き方と大きさを伝える。あとは席について、焼き上がるのを待つだけです。
ただ、この待ち時間が案外長いのです。炭火でじっくり焼くので、注文してから優に二十分、三十分はかかります。その間、手持ち無沙汰でビールだけを飲んでいると、店の人がバナナの葉に包まれた小さな包みをテーブルに置いていきます。
「オタオタ」です。マカッサルに来て以来、何度も食べてきた、すっかりおなじみの一品です。よく行くイカンバカールで、魚を待つあいだにこれが出てくると、なんとなく安心します。
葉を開くと、湯気とともに焦げたバナナの葉の匂いが立ちのぼります。中から出てくるのは、白くてぷるんとした魚のすり身。一口かじると、弾力があって、魚の味がしっかりしています。辛いサンバルを少しつけて、冷たいビールで流し込む。これがちょうどいいのです。
日本でいうところの「お通し兼前菜」に近い感覚です。魚が焼けるまでのつなぎであり、酒のあてでもある。ただし、日本のお通しと違って、テーブルに置かれたものを食べた個数に応じて精算する店もあります。ついつい手が伸びますが、最後にはきちんと会計に入る。「あれ、そんなに食べたかな」ということも、正直よくあります。
味そのものは、日本のかまぼこにかなり近いと感じています。一般には、魚のすり身にタピオカやサゴのでん粉、ココナツミルク、卵、ネギ、ニンニクなどを加えて練り、バナナの葉に包んで焼きます。マカッサルでよく使われるのは、インドネシア語でイカン・テンギリと呼ばれるサワラの仲間です。
日本の一般的なかまぼこは蒸して仕上げますが、マカッサルのオタオタはバナナの葉に包んで焼きます。そこにココナツミルクのコクと、焦げたバナナの葉の香ばしさが加わる。かまぼこと笹かまぼこの中間くらいの食感に、ほんのりココナツの風味をまとわせたようなもの、と考えると、日本の方にもイメージしやすいと思います。
食感は柔らかく、ほどよく弾力がある。味付けは比較的あっさりしていて、辛党でなくても十分に楽しめます。焼けたバナナの葉の香りが、魚のうま味にひと味加えているのも、この料理の魅力だと思っています。
日本にも、かまぼこ、ちくわ、さつま揚げといった魚肉練り製品があります。魚をすり身にし、塩やでん粉を加えて弾力を出す。この基本的な作り方がオタオタとよく似ているからでしょうか、初めて食べても、どこか食べ慣れた味に感じます。
マカッサル型は、唐辛子や香辛料がそれほど強くありません。甘味、塩味、魚のうま味のバランスが、日本人の舌になじみやすいのだと思います。サンバルを少しつければビールのつまみになりますし、辛いものが苦手な方でも、そのままで十分においしく食べられます。
このオタオタ、実はインドネシアだけの料理ではなく、マレーシアやシンガポールにも、オタオタまたは「オタ(otah)」と呼ばれる同系統の料理があります。発祥地を明確に示す史料は少ないようですが、一般にはスマトラ島南部のパレンバン周辺を起源とする説があります。また、マレー系の魚食文化と華人・プラナカンの食文化が交わるなかで発達し、海上交易を通じてインドネシア各地やマレー半島へ広がったとも説明されています。
ただ、いつ、どこで、誰が最初に作ったのかは、はっきりしていません。マカッサルだけの料理というより、港町から港町へ広がり、それぞれの土地の味に変わっていった料理なのだと思います。
実際、地域によって味の傾向はかなり違います。
パレンバンでは、酸味と辛味のあるタレ「チュコ(cuko)」をつけて食べることがあります。ジャカルタでは細長い形にして、ピーナツソースで食べるのが一般的です。マレーシアやシンガポールになると、唐辛子やウコン、レモングラスが効いていて、色も赤褐色で辛味が強くなります。
それに比べると、マカッサルのオタオタは白っぽくて、香辛料も控えめです。魚そのものの味を生かした、素朴な仕上がりになっている。辛いものが得意でない自分としては、これがちょうどよく、マカッサルのオタオタを一番気に入っている理由でもあります。同じ名前の料理でも、土地によってこれだけ性格が違うのは面白いところです。マカッサルでは、オタオタだけを目当てに食べに行くというより、イカンバカールで魚を待ちながら食べるもの、という印象があります。
「otak」は、インドネシア語やマレー語で「脳」を意味します。魚のすり身が白く柔らかく、脳のように見えたことから「otak-otak」と呼ばれるようになった、という説が一般的です。もちろん脳が材料に入っているわけではありませんが、この名前と、実際の親しみやすい味とのギャップには、いつも少し笑ってしまいます。
マカッサルは海に面し、新鮮な魚が豊富な町です。魚をそのまま焼くだけでなく、すり身にして食べる料理もあります。
すり身をバナナの葉で包み、そのまま火にかける。簡単な作り方に見えますが、葉は包み紙になり、同時に魚へ香りを移す調理道具にもなっています。
魚を待つあいだ、バナナの葉を開いて、熱々のオタオタを一つつまむ。冷たいビールで流し込む。そうこうしているうちに、注文した魚が炭火の香りをまとって運ばれてきます。
派手な料理ではありませんし、主役でもありません。それでも、オタオタをつまみながらビールを飲み、魚が焼けるのを待つ。この時間も含めて、マカッサルのイカンバカールなのだと思います。