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なぜインドネシアでは、シャンプーを1回分ずつ買うのか

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ワルンに吊るされた小袋が支える暮らしと、残されるプラスチックごみ

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ワルンの店先を覆う、小さな袋

マカッサルの住宅街を歩いていると、必ずと言っていいほど目に入るのが、小さなワルン(個人商店)の軒先です。先日、あらためてカメラを持って何軒か回ってみたのですが、多くの店で、その正面が壁のように小袋商品で覆われていました。

シャンプー、コンディショナー、洗剤、コーヒー、調味料、お菓子。それらが細長くつながった状態で、天井や軒先からぶら下がっています。商品棚に並べるのではなく、外から見えるように吊るして見せる。これがインドネシアのワルンの、ごく普通の風景です。

日本で暮らしていたときには、こういう売り方を目にすることはほとんどありませんでした。改めて写真を見返しながら、こう思ったのです。

なぜインドネシアでは、シャンプーまで1回分ずつ売られているのだろうか、と。

インドネシアでは、こうした使い切りの小袋商品を「sachet(サシェ)」と呼びます。日本語ではあまり聞き慣れない言葉なので、この記事では「小袋商品」と呼ぶことにします。

わずかなお金で、今日買える

小袋が選ばれる大きな理由は、単純です。総額ではなく、「いま支払う金額」が小さいことです。

大きなボトルのシャンプーを買えば、容量あたりの単価は安くなる傾向があります。ただし、その場でまとまった金額を用意しなければなりません。一方、小袋であれば、店によって多少の差はあるものの、わずかな金額で今日必要な分だけを買うことができます。

これは、決して「割高だと気づいていない」わけではないと、私は思っています。

収入が日によって変わる人にとっては、今日の食費や交通費を手元に残すことが優先されます。まとまった額のボトルを一度に買う余裕がなくても、家の近くのワルンで1袋だけなら買えます。容量あたりの価格を比べても、小袋が必ず割高になるとは限りません。それ以上に大きいのは、一度に出ていく現金が少ないことです。「今日という1日を、限られた現金で乗り切る」ことを考えれば、小袋は非常に合理的な選択なのです。

また、1回分に区切られているため、使う量が決まりやすいという利点もあります。小袋を単純に「不経済な買い方」と決めつけるのは、実際の暮らしに合わないのかもしれません。

ワルンにもメーカーにも都合がよい

小袋商品は、買う側だけでなく、売る側のワルンにとっても都合がよいものです。少ない仕入れ資金で多くの種類を店先に並べられますし、狭い店内でも吊るすだけで済むので場所を取りません。1袋単位で売れるので在庫の調整も楽で、色とりどりの商品そのものが、いわば看板の代わりにもなっています。今回撮ってきた写真でも、店の正面全体が小袋商品で覆われていました。これは単なる陳列の工夫というより、小袋を中心に組み立てられた、ひとつの小売の仕組みなのだと思います。

小袋を用意しているのは、ワルンだけではありません。メーカー側にとっても、小袋は大きな意味を持っています。大きなボトルを買えない人たちにも、1回分であればブランド商品を届けることができますし、その商品がワルンの軒先に吊るされれば、それ自体が広告にもなります。

「貧しいから小袋しか買えないのだ」と考えてしまうのは、少し一面的かもしれません。買う側は少ない金額で商品を手に入れたい。メーカー側は、その人たちにも商品を売りたい。その両方の事情が重なったところに、1回分の小袋があったのでしょう。

日本も昔は、1回分を買っていた

ここまで読んで、「それはインドネシアだから」と感じた方もいるかもしれません。しかし、日本にもよく似た時代がありました。

花王は1955年、3g入り2袋で10円の「フェザーシャンプー」を発売しています。1袋が1回分で、1959年には、このフェザーシャンプーが全国のシャンプー出荷高の60%以上を占めたそうです(花王公式のシャンプー史による)。

つまり日本でも、かつては1回分のシャンプーを小袋で買う商品が広く使われていました。銭湯などで、その日に使う分だけ買う光景も見られたようです。

その後、日本ではいくつもの変化が重なっていきました。家計に日用品をまとめて買う余裕が生まれ、家庭に内風呂が普及して洗髪の頻度も増えていきます。スーパーマーケットが広がってまとめ買いが当たり前になり、そこにボトル入りの液体シャンプーが登場し、やがてボトルを繰り返し使う「詰め替え」という商品が定着していきました。

こうした変化が積み重なって、日常使いの小袋は、いつの間にか姿を消していきました。

日本も昔は、「小袋」の国だったのです。

使い終えた瞬間、価値がなくなる

小袋の多くは、プラスチックやアルミなど複数の素材を貼り合わせて作られています。軽くて小さいために、使い終わったあとの換金価値がほとんどありません。

ペットボトルは換金価値があるため回収の対象になりやすい一方、小袋は軽く、異なる素材が重なっているため、集めても採算が合いにくいのが実情です。道路や排水溝にそのまま捨てられ、雨が降れば川や海へ流れ出す。あるいは最終処分場へ運ばれるか、家庭や空き地で燃やされてしまう。回収して再資源化するのが難しいことが、小袋という容器の構造的な弱点です。

2025年に発表されたサシェ経済に関する研究では、インドネシアの小袋・パウチ包装の消費量は、1人当たり年間約4kgと推計されています。複数素材を重ねた小袋は経済的なリサイクルが難しく、海岸で確認されるごみの中でも大きな割合を占めています。

以前書いたカップ水の記事と同じで、小袋もまた、「商品としては安いけれど、捨てたあとにかかる費用が、価格に含まれていない容器」なのだと思います。

豊かになれば、小袋は自然に消えるのか

ここが、今回いちばん考えたかったところです。

日本では、所得の上昇や家庭生活、小売、商品の変化とともに、小袋の日常利用が減っていきました。では、インドネシアでも所得が上がれば、同じように消えていくのでしょうか。

私はそう単純ではないと感じています。すでに企業にとって、小袋は大きな市場になっていますし、ワルンという小売のかたちにも、小袋はぴったり合ってしまっています。消費者もこの買い方にすっかり慣れていて、ごみを処理する費用をメーカーが十分に負担しているとも言えません。そのうえ、少量を量り売りしたり詰め替えたりできる仕組みは、まだあまり整っていないのです。

こうした事情を考えると、小袋をただ禁止するだけでは、少ない現金で日用品を買っている人たちや、ワルンの経営を直接苦しめることになってしまいます。

必要なのは、禁止することだけではありません。小袋と同じような少額で、必要な量だけシャンプーや洗剤を補充できる仕組みをつくることです。同時に、使い終わった小袋の回収や処理について、メーカー側が今より大きな責任を負う必要もあるでしょう。

小さな袋に見える、現在のインドネシア

改めて、ワルンの写真を見返してみます。

ワルンに吊るされた小袋は、単なる変わった売り方ではありません。少ない現金で暮らしを回している人、商品を少しでも多くの人に届けたいメーカー、狭い店で商売を続けるワルン。それぞれの事情が重なり合って、この形にたどり着いたのだと思います。

1袋なら、今日買える。その便利さが、確かに暮らしを支えています。その一方で、使い終わった袋は換金価値が低く、回収の対象になりにくいのが現実です。

小さな袋の中には、インドネシアの所得のこと、流通の仕組み、企業の戦略、そしてごみの行方が、ぎゅっと詰まっているように感じます。

記事の最後
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kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。