マカッサルで続くSolarやPertalite不足と、SPBU前に延びる長い車列。在庫があるのに、なぜ安い燃料は買えないのか。無料給食や紅白協同組合、支持率低下、財務相交代にも共通する、インドネシアの補助金政策と財政運営の危うさを現地から考えます。
このところ、マカッサルの街を車で走っていると、SPBU(ガソリンスタンド)の前にできた長い車列をよく見かけます。バイク、乗用車、トラックが何重にも並び、その列が本線まではみ出していることも珍しくありません。深夜近くになっても、列がなくなる気配はありません。
政府や国営石油会社ペルタミナは「在庫は十分にある」と説明しています。それでも、私たちは目の前で燃料を買えずに並んでいる人たちを見ています。この「在庫はあるのに買えない」という感覚のずれこそが、今回インドネシアで起きていることの本質だと感じています。
不足しているのは燃料ではなく「安く売れる枠」
SolarやPertaliteは、政府が価格を低く抑えている燃料です。厳密には、Solarは補助対象燃料(JBT)、Pertaliteは政府が価格を管理する特別指定燃料(JBKP)で、制度上の扱いは異なります。いずれも実際のコストと販売価格の差を、政府が補助金や補填金というかたちで支えているという点は共通しています。
原油高とルピア安が重なると、この差はどんどん広がります。差が広がるほど、Solarの購入対象ではない事業者や、本来は補助を必要としない利用者まで、安い燃料に流れていきます。地域ごとに決められた供給枠を、需要のほうが上回ってしまうのです。
つまり、マカッサルで足りていないのは燃料そのものではなく、「政府が決めた安い値段で売れる燃料」なのです。非補助燃料の在庫があっても、安い燃料の割当枠がなくなれば、消費者にとっては「燃料がない」のと同じことになります。
ここには、少し皮肉な構造があります。価格差が大きいほど補助燃料に人が集中し、トラックや漁船、工場、鉱山関係の需要まで加わって、不正な購入や転売の余地も生まれます。結果として、本当に必要な一般の利用者ほど、長い時間並ばされることになります。
補助金があるから燃料を買える。しかし、補助金があるからこそ行列もできる。今、マカッサルで起きているのは、まさにこの逆説だと思います。
政府に残された選択肢は、どれも簡単ではありません。補助燃料を増やせば行列は一時的に収まりますが、財政負担は増えます。価格を上げれば需要は落ち着きますが、物価と支持率への影響が避けられません。対象を絞り込めば理屈の上では正しくても、登録や監視の体制がまだ追いついていません。経済合理性だけを考えれば対象の限定が近道ですが、政治的にはそう簡単に踏み切れないというのが実情でしょう。
この構図は、燃料だけの話ではありません。無料栄養給食(MBG)でも同じことが起きています。
子どもたちに栄養のある食事を無料で届けるという目的そのものは、決して悪いものではありません。問題は、衛生管理や配送の体制が整う前に、規模だけが急速に広がってしまったことです。当初335兆ルピアだった予算は、268兆、229兆と段階的に削られています。これは政府が財政を意識している証でもありますが、同時に「最初の計画がそもそも現実的ではなかった」ことの表れでもあります。
ロイター通信は、無料給食をめぐる食中毒の報告が各地で累計5万人を超えたと伝えています。厨房への資金交付の遅れや衛生基準を満たさない施設、汚職疑惑も表面化しており、9月には被害を受けた子どもの保護者たちが警察に告発するところまで至りました。
燃料は安くしたけれど、必要な量を届けられない。給食は無料にしたけれど、安全に配る体制が追いついていない。国民への約束が、政府の実行能力を上回ってしまっている、という点で、二つはよく似ています。
もうひとつ、紅白村落・行政区協同組合(Koperasi Desa/Kelurahan Merah Putih)も同じ構図です。全国およそ8万の村や行政区に、一斉に協同組合をつくるという政策ですが、登記上は8万3千ほど設立されたものの、2026年8月時点で実際に営業を始めたのは約1万、そのうち政府が「最適に稼働している」とする組合は約3,300にとどまっています。
ただし、「稼働している」ことと、補助や政策融資に頼らず自立採算で経営できていることは、別の話です。法人をつくることと、商売を続けることはまったく違います。地域ごとに市場も産品も経営者の力量も違うのに、「全国に同じものをつくる」ことが目標になってしまうと、こうしたずれが生まれやすいのだと思います。もし経営が立ち行かなくなれば、最終的には融資の焦げ付きや村落基金からの穴埋めというかたちで、公的な負担に跳ね返ってくる可能性もあります。
こうした状況の背景には、プラボウォ大統領の支持率低下があります。2月の調査では79.9%だった満足度が、7月の別の調査では51.1%まで落ち込んだと報じられています。調査機関や質問方法が異なるため、この数字をそのまま一直線の下落として比較することはできません。ただ、少なくとも一部の調査では、生活費や経済運営への不満が支持率を押し下げていることが示されています。
本来なら、支持率が下がったときこそ、うまくいっていない政策を見直す機会のはずです。しかし今のインドネシアでは、逆に支持を取り戻すために、無料給食を拡大したり、燃料補助金を維持したり、協同組合へさらに資金を投じたりする方向に動きかねません。実際、プラボウォ大統領は年内の補助燃料価格の維持を表明しています。国民の生活を考えれば理解できる判断ですが、財政の面では重い決断です。
そんな中で起きたのが、財務相プルバヤ・ユディ・サデワ氏の突然の解任でした。プルバヤ氏はその日も国会で2027年度予算に関する会議に出席していましたが、その最中に呼び出しを受けて会議を退出し、同じ日のうちに後任の財務相が任命されるという、かなり異例の交代でした。政府は明確な理由を説明しておらず、財務省内での人事をめぐる対立が背景にあるとも報じられています。
後任のスアハシル・ナザラ氏は、スリ・ムルヤニ時代から財務省を支えてきたテクノクラートで、市場にとっては安心材料と受け止められています。ただ、本当に問われるのは経歴ではなく、大統領の看板政策に対して「その予算は出せません」と言えるかどうかだと思います。財政規律が守られるかどうかは、そこにかかっているのではないでしょうか。
ここまで少し厳しい話が続きましたが、必要以上に危機を煽りたいわけではありません。インドネシアの政府債務はGDP比でおよそ41%と、日本などと比べればまだかなり低い水準です。財政赤字にはGDP比3%という法律上の上限があり、無料給食の予算を段階的に削っていることからも、政府が危機感を持っていないわけではないことがわかります。
一方で、Fitchは2026年の財政赤字をGDP比2.9%と予測し、見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げました。上限までかなり余裕がない水準です。
そして、財政赤字が3%を超えなければ安全というわけでもありません。補助金や政策融資の負担を国営企業、国営銀行、ダナンタラなどに移せば、国の一般会計上は見えにくくても、最終的に政府が負担する可能性があります。今回の問題は、表面上のAPBNだけでなく、「将来、政府の負担になり得る支出」が外側に広がっていることにあるのだと思います。
マカッサルのSPBUにできた長い行列は、単なる配送の遅れではないと思います。政府が安い価格を約束し、それを支えるために補助金を投じ続ける仕組みが、現場で少しずつ限界を見せ始めている光景です。
補助金そのものは、生活の苦しい人を守るために必要な制度です。ただ、対象を絞らずに誰にでも安く提供し続けようとすれば、財源は細り、需要は膨らみ、最後には補助価格で買える燃料が店頭から消えていきます。無料給食も、紅白協同組合も、目指しているものは立派です。問題は、国民への約束が、政府の財源と現場の実行能力を、少しずつ超え始めているところにあるのだと思います。
安い燃料を求めて並ぶ人たちの列は、これからインドネシアが向き合っていかなければならない、財政と政治の難しさを、静かに映し出しているように見えます。