インドネシアでペットボトルの水を注文するとき、私はブランド名を気にせず「AQUAください」と言うことがあります。
レストランやワルンで「AQUAはありますか」と聞いても、出てくるのは別ブランドのペットボトルだったりします。それくらいAQUA(アクア)は、インドネシアでは商品名を超えて、飲料水そのものを指す言葉に近い存在になっています。
ところが、インドネシアの若者がどのブランドを選んでいるのかを尋ねた最新の調査では、少し意外な結果が出ていました。
1位はAQUAではなく、「Le Minerale(ル・ミネラル)」だったのです。
今回は、この話題をSNSで見かけたときに感じた驚きをきっかけに、出典を確認しながら事実関係を整理してみます。
出典としているのは、インドネシアのビジネスメディアMarketeersが毎年実施している「Marketeers Youth Choice Award(YCA)」です。これはインドネシア国内25都市のZ世代を対象に、単なる認知度ではなく「実際に選ぶブランド」を尋ねる調査です。
2026年の飲料水部門の結果は、次のとおりでした。
1位はLe Mineraleで31%、2位はAQUAで27%、3位はNestlé Pure Lifeで25%でした。4位はAquvivaの10%、5位はCleoの9%と続きます。
Le Mineraleが31%で首位、AQUAは27%で2位。3位のNestlé Pure Lifeも25%で、上位3ブランドの差はそれほど大きくありません。
なお、公表された数字の合計は102%になります。端数処理などが考えられますが、公開情報だけでは詳しい算出方法を確認できませんでした。この数字は販売数量や売上高を示す市場シェアではなく、あくまでZ世代のブランド選好を示す調査結果として見る必要があります。
さらに確認しておきたいのは、これが2026年だけの偶然ではないという点です。
2025年のYouth Choice Awardでも、Le MineraleはAQUAとNestlé Pure Lifeを抑えて、飲料水部門でGold(最高賞)を受賞しています。データ分析メディアKatadataも、2025年の調査でLe MineraleがインドネシアのZ世代に最も好まれるボトル入り飲料水ブランドになったと報じています。
つまり、Le Mineraleが少なくとも2年連続で、Z世代の選択においてAQUAを上回ったことになります。単発の話題ではなく、若い世代の間で一定の支持が定着しつつあると見てよさそうです。
ここで誤解しないよう、はっきりさせておきたいことがあります。
Youth Choice Awardの結果は、インドネシア全体の販売シェアを示しているわけではありません。あくまでZ世代を対象にしたブランド選好調査です。
別のブランド評価指標である「Top Brand Index(TBI)2026」を見ると、状況は異なります。2026年の飲料水(AMDK)部門では、AQUAが42.82%で首位、Le Mineraleが21.49%で2位でした。以下、Adesが7.03%、Cleoが5.57%、Clubが2.80%と続きます。
ただし、Top Brand Indexは、販売数量や売上高を示す市場シェアではありません。消費者のブランド認知、直近の利用状況、今後も利用したいという意向などを組み合わせたブランド指数です。そのため、「AQUAがLe Mineraleの約2倍売れている」という意味ではない点には注意が必要です。それでも、幅広い消費者を対象としたブランド評価において、AQUAが現在も強い地位にあることは確認できます。
一方で、指数の推移を見ると、AQUAは2022年の57.2%から2026年の42.82%へと低下し、Le Mineraleは同じ期間に12.5%から21.49%へと上昇しています。
ここから読み取れるのは、AQUAが依然として強いブランドである一方、Le Mineraleがこの数年で急速に存在感を高めてきた、ということです。
つまり、現時点で最も正確に言えるのは、
「AQUAは今もインドネシアを代表する飲料水ブランドだが、Le Mineraleが急速に追い上げており、Z世代の選好調査ではすでにAQUAを上回っている」
ということになります。
AQUAが依然として強い最大の理由は、その歴史と流通網の厚みです。
AQUAは1973年に誕生した、インドネシアにおけるボトル入り飲料水の先駆的ブランドです。1998年にはフランスの食品大手Danone(ダノン)と資本提携し、現在はDanoneグループの主要ブランドの一つになっています。
一方のLe Mineraleは、インドネシアの食品大手Mayora(マヨラ)グループ傘下のPT Tirta Fresindo Jayaが展開する、インドネシア発のブランドです。登場は2015年ごろで、AQUAよりも40年以上後発になります。
それにもかかわらず、わずか10年ほどでZ世代の選択でトップに立ったことは、かなり大きな変化だと言えます。
なぜLe Mineraleが若い世代に支持されているのか。今回参照した調査自体は、その理由まで詳細には示していません。
ただ、実際にインドネシアで生活していると、いくつかの要因が考えられます。
まず、赤いキャップとボトル全体を覆う特徴的なパッケージデザインは、売り場でも一目で見つけやすいものです。次に、Mayoraグループが持つ流通力です。Mayoraはコンビニやスーパーだけでなく、小さなワルンにまで商品を届ける強固な流通網を持っています。加えて、Le Mineraleは「ほんのり甘みがある」という味の特徴を広告で繰り返し訴求してきました。
また、Le Mineraleが「インドネシア発のローカルブランド」であることも、若い世代の国産志向と親和性が高い可能性があります。ただし、これらはあくまで市場状況から推測できる要因であり、今回の調査でその因果関係が証明されたわけではない点は、念のため付け加えておきます。
もう一つ、SNSで話題になっているのが、AQUAの水源をめぐる批判です。ここは特に、事実と憶測を分けて整理する必要があります。
確認できている事実
2025年10月20日、西ジャワ州のDedi Mulyadi(デディ・ムルヤディ)知事が、AQUAの製造元であるPT Tirta InvestamaのSubang工場を抜き打ちで視察しました。その際、AQUAの水が「山からの湧き水」ではなく、地下60〜132メートルの深井戸から高圧ポンプでくみ上げられていることが明らかになり、知事自身も驚きを見せています。この様子は知事本人のSNSで公開され、大きな話題となりました。
これに対しDanone(AQUA側)は、使用している水は一般家庭が使う浅い地下水とは異なる「深層帯水層」から採取しており、インドネシア国内19カ所の山地水源から、9つの科学的基準と5段階の評価(最低1年間の調査を含む)を経て選定していると説明しています。
まだ断定できないこと
一方で、SNS上では「周辺住民の井戸が枯れた」といった批判コメントも多く見られます。ただし、今回確認した報道の範囲では、周辺の井戸枯れとAQUAの採水との間に直接的な因果関係が立証された、という情報は見当たりませんでした。西ジャワ州は今回の件を受けて操業許可の見直しを検討する方針を示していますが、これは「地下水利用のあり方を再検討する」という段階であり、「AQUAの表示が虚偽だったと認定された」という話ではありません。
したがって、「AQUAは山の水だと偽って、住民の水を奪っている」と断定するのは早計です。深井戸からの採水自体は事実ですが、それが直ちに「偽物の天然水」を意味するわけではなく、AQUA側は科学的根拠と許認可に基づく採水だと主張しています。
その一方で、広告が与える「山からこんこんと湧き出る水」というイメージと、実際に深井戸からポンプでくみ上げる光景との間に、消費者がギャップを感じたことも理解できます。今回の騒動の本質は、水の安全性そのものというより、企業の説明と消費者が抱いていたイメージのずれにあるのかもしれません。
ただし、時系列には注意が必要です。Le Mineraleが2025年のYouth Choice Awardで1位(Gold)になったのは同年8月で、AQUAの水源問題が大きく報じられたのは10月でした。つまり、Le Mineraleはこの騒動が起きる前から、Z世代の調査でAQUAを上回っていたことになります。水源問題やそれに伴うSNS上の批判が2026年の評価にも影響した可能性はありますが、Le Mineraleが支持を伸ばした理由を、それだけで説明することはできません。
もうひとつ注意しておきたいのが、SNSのコメント欄の扱い方です。
AQUAへの批判コメントの中には、「井戸水だった」「井戸が枯れた」「ボイコットする」といった、似通った表現が数多く並んでいます。これが自然発生的な反応なのか、何らかの組織的な発信を含むのかは、今回確認した範囲では判断できません。証拠がない以上、どちらとも断定はできないということです。
ただ、SNSのコメント欄は無作為抽出された世論調査ではありません。コメントの数の多さだけをもって、「インドネシア人の多くがAQUAを見放している」と結論づけることはできない、という点は押さえておく必要があります。
インドネシアで「AQUAください」と言えば、今も水を買うことができます。それくらいAQUAという名前は、飲料水そのものの代名詞になっています。
しかし、いま若い世代が「選びたい」と考えるボトルは、Le Mineraleへ変わりつつあるのかもしれません。
別のブランド評価指標で見れば、AQUAは今も首位であり、その高い知名度が簡単に失われることもないでしょう。それでも、Top Brand Indexの推移を見ると、AQUAのブランド評価が以前より低下する一方、Le Mineraleの存在感は大きくなっています。そして、その変化が最も鮮明に表れているのがZ世代だという構図が見えてきます。
長い歴史を持ち、商品カテゴリーの代名詞にまでなったブランドでも、次の世代が同じ商品を選び続ける保証はありません。味、価格、デザイン、国産ブランドとしての印象、企業への信頼、SNS上の評判——若い消費者は、そうした要素を自分たちなりの基準で見極めているのだと思います。
「インドネシアの飲料水といえばAQUA」
その常識は、今もそれほど間違ってはいません。ただし、Z世代に限って言えば、その答えはすでに「Le Minerale」へと変わり始めているようです。
参考にした情報源
※Marketeers Youth Choice Award 2026の詳細な調査方法(回答率合計が100%を超える理由など)は、公開情報だけでは完全には確認できませんでした。この点は本文中でも留保としてお伝えしています。