海外生活は孤独だ。
そんな言葉を聞くことがある。
確かにそうなのかもしれない。
家族は日本にいる。
昔の友人とも頻繁には会えない。
気軽に飲みに行ける相手も限られる。
でも、私が5年間インドネシアで暮らして感じた孤独は、少し違う。
海外生活で本当につらいのは、一人でいることではなかった。
むしろ、人はいる。
スタッフもいる。
取引先もいる。
友人もいる。
毎日誰かと会話している。
それでも時々、強い孤独を感じる。
その理由を考えると、一つの答えにたどり着く。
それは、
「共有できないこと」
だった。
最近、自宅の水道ポンプが壊れた。
交換した。
直ったと思った。
翌日また止まった。
今度は電源が悪いと言われた。
修理した。
また止まった。
結局、水タンクの水漏れが原因だった。
タンクを移設した。
これで終わったと思った。
でも翌日また調子が悪い。
そんなやり取りが何週間も続いた。
日本にいる家族へ話す。
「また水が止まったよ」
すると、
「大変だね」
と返ってくる。
もちろん心配してくれている。
でも、それ以上は伝わらない。
実際に毎日修理が続く空気。
今日こそ終わったと思った翌日にまた壊れる感覚。
怒りたくても怒れない状況。
その疲労感。
これは現場にいないと分からない。
だから家族が悪いわけではない。
ただ、共有できない。
それが少し寂しい。
一時帰国した時、友人と会うことがある。
「インドネシアどう?」
と聞かれる。
私は答える。
「まあ色々あるよ」
本当は話したいことが山ほどある。
現地スタッフとのやり取り。
漁村での出来事。
行政との交渉。
飛行機の遅延。
停電。
断水。
文化の違い。
しかし、短い食事の時間では話しきれない。
そもそも前提条件が違いすぎる。
日本で生活している人と、インドネシアで生活している人では見ている世界が違う。
だから会話は自然と表面的になる。
もちろん友人関係が悪いわけではない。
ただ、お互いの生活が離れすぎてしまったのだ。
では、インドネシア人なら分かってくれるのか。
実はそうでもない。
例えば私が、
「日本ではこうだった」
と言っても、
現地の人には実感がない。
日本人が当たり前だと思っていること。
時間を守ること。
約束を守ること。
品質を一定に保つこと。
その感覚自体が共有できない。
逆に、
なぜそんなに気にするの?
と思われることもある。
つまり私は、
日本人にも完全には理解されず、
インドネシア人にも完全には理解されない。
その中間に立っている。
長く海外に住んでいる人ほど、この感覚を知っているのではないだろうか。
不思議なことに、一時帰国すると逆のことが起きる。
日本へ帰る。
懐かしい。
便利だ。
快適だ。
でも数日経つと違和感を感じ始める。
ニュースが多い。
人が多い。
ルールが多い。
気を遣う場面も多い。
そして思う。
自分はもう完全な日本人ではないのかもしれない。
かといってインドネシア人でもない。
どちらでもない場所に立っている感覚。
海外生活が長くなると、この感覚は少しずつ強くなる。
意外かもしれないが、本当に孤独を感じるのは大変な時ではない。
むしろ嬉しい時だ。
新しい取引が決まった。
輸出が成功した。
目標を達成した。
そんな時、本来なら喜びを共有したい。
しかし、ここでも壁がある。
日本の人には現地で積み重ねた苦労が見えない。
現地スタッフには日本市場の難しさが見えない。
だから達成感の全体像を共有できる人が少ない。
喜びもまた、一人で噛みしめることになる。
私は最近思う。
海外生活とは、理解者を探す旅なのかもしれない。
完全に理解してくれる人はいない。
それでも少しだけ理解してくれる人はいる。
同じ海外在住者。
同じ経営者。
同じように異文化の中で生きている人。
そういう人と出会うと、不思議なくらい安心する。
全部説明しなくても伝わるからだ。
若い頃は、孤独をなくそうとしていた。
誰かに理解してほしいと思っていた。
でも最近は少し考え方が変わった。
孤独は消えない。
どこで生きても、誰と生きても、人は完全には理解されない。
海外だから特別なのではない。
ただ海外生活は、その事実を少し早く教えてくれる。
だから私は今でも孤独を感じる。
でも昔ほど怖くはない。
きっとみんな同じだからだ。
海外生活で一番つらいのは、一人でいることではない。
自分が見ている景色を、誰にも完全には共有できないことだ。
でも、それは海外生活だけの話ではないのかもしれない。
日本にいても。
会社で働いていても。
子育てをしていても。
誰もが少しずつ孤独を抱えている。
ただ海外生活は、その孤独を少しだけ鮮明に見せてくれる。
今日もマカッサルの空は青い。
きっと日本の空も青い。
同じ空を見ていても、見えている景色は少し違う。
そんなことを考えながら、私は今日もこの国で暮らしている。