工場の一日が終わる時間になると、従業員たちが少しずつ声を落としていく。
機械の音が止まり、氷の匂いだけが残る。
私はいつも外へ出る。
マカッサル海峡の向こうに、今日も夕日が沈んでいく。
日本にいた頃、こんな時間に外を見たことがあっただろうか。
18時。まだ会議が残っていた。
19時。取引先への返信が終わっていなかった。
20時。数字を見ていた。
夕日を「見る」という発想そのものが、当時の私にはなかった。
沈む太陽は、ただ一日が終わったという事実でしかなかった。
初めてマカッサルに来たのは、まだ何も決めていない頃だった。
会社を辞めるとも、辞めないとも決めていなかった。
海外で商売をするという話も、まだ頭の中の一行にすぎなかった。
視察のつもりで来ただけの、ただの出張だった。
その日の夕方、宿の近くの港を歩いていた。
行くあてもなく、ただ立ち止まって海を見ていた。
特に何かを期待していたわけではない。
ただ、フライトまで時間があっただけだった。
そのとき、海峡の向こうに太陽が落ちていくのを見た。
「あの夕日がきっかけです。」
そう答えたら、きっと話としてはきれいです。
でも、本当は違います。
一つの夕日で人生が変わるほど、人は単純ではありません。
それでも、不思議なことがあります。
あの日見た夕日を、私は十年以上経った今でも覚えています。
その景色を、こんなにも何度も見ることになるとは思ってもいませんでした。
数年後、私は本当に日本を離れることになりました。
成田空港で、マカッサル行きの便を待っていた日のことです。
不安しかなかった。
50代で会社を辞め、知らない国で、知らない言葉で、ゼロから商売を始める。
うまくいく確信なんて、どこにもなかった。
あの日の私は、まだこの夕日を「日常」としては知らなかった。
資金繰りで眠れない夜があった。
コンテナが港で止まったままの週があった。
誰にも本音を話せずに、電話を切った日もあった。
そういう日の夕日も、うまくいった日の夕日も、色はほとんど変わらない。
ある日、いつものように外に出て、いつものように海峡を見ていたとき、
隣で作業着のまま煙草を吸っていた従業員の一人が、
何も言わずに同じ方向を見ていることに気づいた。
その従業員とは、普段は仕事の話しかしません。
原料のこと。
出荷のこと。
明日の段取り。
でも、その日は何も話しませんでした。
同じ夕日を見ているだけで、それで十分でした。
日本にいた頃の自分に、今のこの時間を説明できる気がしない。
説明できたとしても、あの頃の自分は、たぶん急いで席に戻っただろう。
明日も原料は集まるだろうか。
コンテナは予定どおり出せるだろうか。
資金繰りは大丈夫だろうか。
考えることは、相変わらずたくさんあります。
でも、不思議です。
日本にいた頃より、今のほうが夕日を見る時間があります。
忙しくなくなったわけではありません。
むしろ、あの頃より考えることは増えました。
あの日の私は、この景色が日常になるなんて思ってもいませんでした。
それでも今、工場の一日が終わるたびに、同じ夕日を見ています。
変わるのは、いつも景色ではなく、
それを見ている自分の方でした。