先日、バリ州政府が興味深い数字を発表しました。2026年1月から8月までの「外国人観光客徴収金(PWA)」の支払い率が43%まで上昇したというのです。
一見、良いニュースに見えます。前年の35.4%から7〜8ポイントの改善です。しかし裏を返せば約57%、つまり半数以上の外国人旅行者から徴収できていないことになります。
15万ルピア。日本円にすれば1,300円前後です。決して高い金額ではありません。それでも半数以上が払っていない。この数字を見たとき、私が真っ先に思ったのは「なぜ」でした。
そもそもこの観光税(PWA)は、2024年2月に導入された制度で、バリを訪れる外国人観光客一人につき15万ルピアを徴収するものです。目的はシンプルで、バリの文化と自然環境を守るための財源づくりです。集めたお金は、地域の伝統的な慣習村(デサ・アダット)の支援や、観光インフラの整備、ゴミ問題への対応など、バリという島そのものの持続可能性を支える用途に充てられることになっています。
インドネシアに観光目的で入国する外国人の多くは、到着ビザ(VOA)を取得します。これは50万ルピア。観光税の3倍以上の金額ですが、VOAは対象となる旅行者にとって入国手続きそのものに組み込まれています。払わずにそのまま入国する、という性質のものではありません。VOAが必要な旅行者は、VOAを取得しなければその資格で入国できないからです。
一方の観光税は、渡航前にウェブサイトやアプリで支払う、あるいは空港のカウンターで支払うことになっています。ですが、支払ったかどうかを入国審査の場でチェックする仕組みが、実質的に機能していません。
どちらも外国人旅行者が支払うお金なのに、片方は入国の条件そのものとして組み込まれ、もう片方は半数以上が未払いのまま素通りしている。この差はどこから来るのでしょうか。
現地に住んで会社を経営していると、こういう「制度のねじれ」にはむしろ敏感になります。インドネシアという国は、中央と地方の権限関係が驚くほど複雑に絡み合っています。今回の観光税の話も、まさにその縮図でした。
調べていくと、この違いの正体が見えてきました。
VOAは中央政府、具体的には移民・矯正省(Kementerian Imigrasi dan Pemasyarakatan)の傘下にある入国管理総局が所管する、国レベルの制度です。国の機関が、国の権限で、入国審査という物理的な関所を使って強制しています。そのため、VOAが必要な旅行者にとっては、支払いを避けてそのまま入国することはできません。
これに対して観光税は、バリ州が独自に制定した条例(Perda)に基づく、州レベルの徴収制度です。2023年に制定され、2025年に改正されています。この条例には、実は「入国管理当局と連携して徴収する」という規定が、当初は盛り込まれていませんでした。
つまり、バリ州政府は「取りたい」と思っても、入国審査という国の管轄領域に土足で踏み込んで、未払いの旅行者を止める権限を持っていないのです。バリ州知事のワヤン・コスター氏自身が、今年3月25日、PWAについて州政府に与えられた徴収権限はバリ州内にとどまり、旅行者を阻止したり支払いを強制したりする力は弱いと説明しています。地方政府が入管を徴収プロセスに正式に巻き込むには、政令や大統領令、省令といった、より上位の法的根拠が必要だといいます。
さらに2026年5月には、コスター知事は入管当局が持つ外国人の入出国データとPWAの支払い義務とを連携させたいという意向も示しています。裏を返せば、州政府自身が現在の徴収の仕組みの弱さを、はっきり認識しているということです。
これは怠慢の話ではありません。制度そのものが、国と地方にまたがる形で設計されているために生まれた、構造的な隙間なのです。
この問題は、単なるニュースの一過性の話では終わりませんでした。今年3月、インドネシアの最高検察庁が、PWA資金の不正使用疑惑に関する情報や資料を求めて、州政府幹部7人から聴取を行っています。
もともとの発端は資金の使途に関する調査でしたが、その過程で、徴収率の低さそのものも問題として浮かび上がりました。コスター知事は、着服のような不正はなく、むしろ最高検からは徴収を最適化するための助言をもらったと説明しています。その後コスター知事は、徴収が伸び悩む背景として、州政府の強制力の弱さや、入国管理当局との連携を定める仕組みがないことを挙げています。
地方の条例だけでは解決できない問題に、国の機関も注目し始めているということです。バリ州政府によれば、徴収されたお金の流れ自体は電子決済で州の会計に直接入るため着服の余地はないとされていますが、それでも「入り口」で漏れている以上、現時点では本来徴収できるはずの金額の半分にも届いていません。
面白いことに、実務レベルでは手探りの改善が続いています。
観光地であるウルワツやウルン・ダヌ・ブラタンなどでは、観光局の職員が抜き打ちで観光客に支払い状況を確認し、その場で未払いの人に支払いを促す運用がすでに始まっています。さらに2026年8月末からは、バリ行きの国際線の機内で、観光税についての案内やアナウンスを行う方向で航空会社や入管当局と協議が進んでいるといいます。
強制力のある「関所」を作れないなら、旅行者の目に触れる回数を増やして、自主的な支払いを促す。いわば法的な壁を、運用の工夫で少しずつ埋めていこうとしている段階です。
こういう話を追いかけていると、インドネシアという国で仕事をする上での一つの教訓に行き当たります。
「決まりがある」ことと「その決まりを執行する権限が、実際に誰の手にあるか」は、まったく別問題だということです。
中央と地方、省庁と省庁、条例と国法。日本にいると意識することの少ないこの権限の縦割りとねじれが、インドネシアではあらゆる場面に顔を出します。観光税のような、一見シンプルに見える15万ルピアの徴収一つとっても、その裏には国と地方の権限の境界という構図が横たわっています。
これはバリの観光税だけの話ではありません。この国でビジネスをしていれば、許認可や規制の運用で、似たような「制度はあるのに、執行する主体の権限が曖昧」という壁に、遅かれ早かれぶつかることになります。
半数以上から徴収できていないという数字の裏にあるのは、「外国人のマナーが悪い」という単純な話ではなく、「払わなくても通過できてしまう制度設計」そのものの問題です。そう考えると、この国の統治構造そのものが透けて見える、なんとも味わい深いニュースだと思います。