最近、インドネシア外交について興味深いニュースがありました。
Sugiono 外相が、「インドネシア外交は場当たり的だ」とする国内メディアの批判に対し、異例とも言える強い反論を行ったのです。
記事を読んでいて、私は非常に“インドネシアらしい”と感じました。
インドネシアは、中国とも協力する。アメリカとも関係を維持する。日本からも投資を受け入れる。さらにBRICSやイスラム圏とも距離を縮めている。
日本人から見ると、「結局どっち側なのか」と感じる場面も少なくありません。
しかし、インドネシア側からすると、それは“曖昧”なのではなく、「全部必要だから全部と付き合う」という極めて現実的な外交なのです。
実際、インドネシアに長く住んでいると、この国の外交スタイルは、インドネシア人の国民性そのものだと感じる瞬間があります。
今回は、そんなインドネシア外交の“したたかさ”について、現地目線で解説したいと思います。
5月4日、The Jakarta Postに、Sugiono 外相による反論記事が掲載されました。
記事タイトルは、
「A diplomacy of purpose: Indonesia’s path in a fragmented world(目的を持った外交:分断された世界におけるインドネシアの道)」
です。
きっかけは、同紙が4月30日に掲載した、
「Prabowo needs a more credible foreign policy team(プラボウォには、より信頼できる外交チームが必要だ)」
という論説記事でした。
この論説では、現在のインドネシア外交について、
「衝動的」
「方向性が見えにくい」
と批判していました。
これに対し外相は、
「インドネシア外交は場当たり的ではない。分断された世界の中で、意図的に“バランス外交”を行っている」
と強く反論しました。
外相は、現在の世界は米中対立や地域紛争によって急速に分断が進んでいると説明しています。
その中でインドネシアは、「傍観者ではなく、積極的に世界に関与する必要がある」と主張しました。
つまり、今のインドネシア外交は“衝動的”なのではなく、国益と国際法に基づいた「戦略的な外交」だというわけです。
現在の世界は、アメリカと中国の対立、ガザ問題、南シナ海問題、半導体覇権争いなど、国家間の分断が急速に進んでいます。
各国は、「どちら側につくのか」を迫られる時代になりました。
しかし、その中でインドネシアは非常に独特な立場を取っています。
中国とは高速鉄道やEV投資で協力しながら、アメリカとは軍事・経済協力を続け、日本からもインフラ投資を受け入れる。
さらに、イスラム国家としてパレスチナ支援にも積極的です。
つまり、「誰とも完全には敵対しない」という外交をしているのです。
これが、日本人や欧米諸国から見ると、“曖昧外交”に見える理由です。
しかしインドネシア側からすると「戦略」
インドネシア政府は、「曖昧なのではなく、意図的にバランスを取っている」と説明しています。
これは、ASEAN外交の特徴でもあります。
ASEANには、
「対立を表面化させない」
「どちらか一方に付きすぎない」
という文化があります。
その中心にいるインドネシアは、まさに“バランス外交のプロ”とも言える存在です。
特に現在のPrabowo Subianto 政権は、中国マネー、日本投資、アメリカ市場、BRICS、中東との関係など、すべてを同時に取り込もうとしています。
これは理想論ではありません。
非常に現実的な「国益重視外交」です。
インドネシアには、バランス外交を成立させやすい条件があります。
これらを持っているため、世界各国がインドネシアを必要としているのです。
つまり、
「中国だけに頼る必要がない」
「アメリカだけに依存する必要もない」
という立場を維持できます。
これは非常に大きい。
例えば、日本はエネルギー・食料・安全保障の多くを海外に依存しています。
特に安全保障では、日米同盟が国家の生命線です。
しかしインドネシアは、「どこか一国に完全依存しなくても成立しやすい国」なのです。
だからこそ、したたかなバランス外交が可能になります。
正直、完全には難しいと思います。
日本は、
など、アメリカとの同盟が国家存続に直結しています。
そのため、日本がインドネシアのような「どちらにも付きすぎない外交」を完全に行うのは現実的ではありません。
例えば台湾有事が起きた場合、日本は地理的にも安全保障上も直接影響を受けます。
しかしインドネシアは、「対話を望む」という立場を比較的取りやすい。
この違いは非常に大きいです。
マカッサルで生活していて感じるのですが、インドネシア人のコミュニケーションは、外交スタイルとかなり似ています。
これは日常生活でも非常によく感じます。
つまり、インドネシア外交は単なる政治戦略ではなく、“インドネシア人らしさ”そのものでもあるのです。
欧米型の「白黒はっきりさせる外交」とは、かなり文化が違います。
だからこそ、日本人から見ると「曖昧」に見える一方、インドネシア人から見ると「現実的で柔軟な外交」に映っているのかもしれません。
ただし、この外交にもリスクがあります。
最大の問題は、米中対立がさらに激化した場合です。
台湾問題、南シナ海問題、半導体制裁、経済ブロック化などが進めば、「どちら側につくのか」を迫られる圧力はさらに強くなるでしょう。
今のインドネシアは、「全員と付き合う」ことに成功しています。
しかし世界がさらに分断された時、その絶妙なバランスを維持できるかは未知数です。
それでも、インドネシアはこれからも、
「どこにも完全には属さない」
という外交を続けていくはずです。
なぜなら、それこそが、インドネシアという国の“生存戦略”だからです。