テルナテの旅を締めくくる最後の時間は、小さな地方空港ならではの素朴な風景と人々の温かさに包まれていました。ワルンで食べたナシゴレンとローカルコーヒー、床に腰を下ろす人々、そして意外にも定刻通りに流れたライオンエアの搭乗アナウンス。慌てて荷物検査を抜けゲートへ急ぐその瞬間も、旅の思い出の一部となります。派手さはなくても、テルナテ空港で過ごす出発前のひとときは、旅の余韻を静かに彩り、心に残る体験を与えてくれました。
テルナテの空港「スルタン・バブッラ・シャー空港」は、地方都市らしい素朴さを感じさせる建物です。シンプルなターミナルで、近代的な国際空港のような豪華さはありません。しかし、青い空と南国の陽射しに照らされたその姿はどこか親しみ深く、島を離れる実感を与えてくれました。
ターミナル前にはバイクや車が次々と到着し、家族総出で見送りに来る人の姿もあります。荷物を持つ人を中心に、声を掛け合い笑顔で別れを惜しむ光景はインドネシアの地方空港ならでは。大都市の空港で見られるビジネス一色の雰囲気とは異なり、ここには「日常の延長としての空の旅」がありました。
建物に入ると広がるのは、簡素ながらも活気ある出発ロビー。床はピカピカに磨かれ、天井からは蛍光灯が柔らかく光を落としています。
待合エリアには椅子が十分に並んでいないため、床に座り込んで談笑する家族や、スマホで動画を見ながら時間を潰す若者の姿も。まるで駅の待合室のようにアットホームで、旅立ちの緊張感よりも日常の延長線を感じさせます。空港というより市場のような人間味が漂うのです。
チェックインカウンターの壁一面にはバティック模様があしらわれ、ローカル空港ながらも華やかさを演出。すでにWEBチェックインを済ませていたので手荷物だけ。余裕を持って空港内を散策することにしました。
ゲート前に荷物検査があるのですが、中に入ると食事をする場所がなさそう。そこで目に入ったのが「Kantin Dhasthy」という小さなワルンです。赤いソファと壁に飾られた大きな花の絵が出迎えてくれ、シンプルながら温かみを感じる空間でした。
朝から何も食べていなかったので、おばちゃんにナシゴレンとインドネシア式のコーヒーを注文。ナシゴレンは目玉焼きがのった素朴な一皿で、香ばしい醤油とニンニクの香りが漂い、ひと口食べるとシンプルながら力強い味わいが広がります。添えられたキュウリのスライスが爽やかなアクセント。
コーヒーは粉が底に沈むインドネシアスタイル。スプーンで軽くかき混ぜて香りを楽しみながらゆっくり飲むと、旅の疲れがすっと抜けていくような心地よさに包まれました。ローカル感が一層漂うひとときです。
食事を終える前に、館内にボーディングのアナウンスが流れました。
「ライオンエアJT897便、マカッサル行き、ただいまより搭乗を開始します。」
その瞬間、耳を疑いました。ライオンエアといえば遅延がつきもの。むしろ時間通りに飛ぶ方が珍しいというのが多くの人の共通認識でしょう。
「まさか、定刻通り?」と驚き、慌ててナシゴレンとコーヒーをかき込んで立ち上がります。本当はもう少しゆっくりしたかったのですが、珍しくオンタイムのボーディング。急ぎ足で隣の保安検査場に向かいました。
検査を終え、ゲートに向かう途中の窓からは駐機場に停まるライオンエアの機体が見えます。すでに多くの乗客が搭乗を終えており、どうやら最後のほうの乗客になってしまったようです。
大都市の空港では、このような小さな出来事は流れの中に埋もれてしまいます。しかしテルナテのような地方空港では、一つひとつが旅のハイライト。派手さはないけれど、地方都市の空港には旅人の記憶に残る豊かさがあります。
今回の旅の最後に過ごしたこの時間もまた、忘れられない思い出として心に刻まれることでしょう。