インドネシアでの生活が長くなると、ある変化が起きます。
それは、インドネシア語が流暢になることでも、
ビジネスが軌道に乗ることでもありません。
もっと静かな変化です。
説明する回数が、減っていきます。
最初の頃は、何度も説明していたはずです。
むしろ、自分の選択をきちんと理解してもらいたかった。
けれど、年月が経つにつれて、
説明しなくなる瞬間が増えていきます。
それは投げやりになったわけでも、
人間関係を軽視しているわけでもありません。
説明しなくても、自分が揺れなくなっただけです。
インドネシアに来たばかりの頃、
私はよく説明していました。
日本側にも説明し、
インドネシア側にも説明していました。
日本では「なぜわざわざインドネシアなの?」と聞かれ、
インドネシアでは「Kenapa tinggal di sini lama sekali?(どうしてそんなに長くいるの?)」と聞かれる。
どちらにも理由を持っていなければならない気がしていました。
説明は、安心材料でした。
理解されることで、自分の選択が正しいと感じられたからです。
面白いのは、インドネシアという国自体が、
実はあまり説明を求めない文化を持っていることです。
理由よりも関係性。
理屈よりも空気。
言葉よりも感覚。
「Kenapa?」と聞かれても、
深い理由を求めているわけではないことが多い。
「そうなんだね」と笑って終わる。
曖昧さを受け入れる余白がある。
最初は、その曖昧さが不安でした。
日本的な感覚では、理由が整理されていないと落ち着かないからです。
けれど、インドネシアでの生活が長くなると、
この“説明しすぎない文化”に、少しずつ慣れていきます。
一方で、日本社会は違います。
一つに決めること。
腰を据えること。
将来設計を語れること。
これらが、安心材料になります。
インドネシアに住み続けるという選択は、
どこか「一時的」に見られがちです。
だからこそ、
「将来はどうするの?」という問いがついて回る。
最初は、その問いにきちんと答えようとしていました。
でも、ある時気づきます。
説明しても、完全には共有されない。
そして、説明しなくても、生活は続いていく。
インドネシア生活は、
二重の説明を求められます。
日本側には、「なぜそこにいるのか」。
インドネシア側には、「なぜそこまで本気なのか」。
どちらにも、少しずつ自分を翻訳する必要がある。
この翻訳作業は、地味に疲れます。
言葉の問題ではありません。
立場の問題です。
どちらにも完全には属さないからこそ、
常に“説明可能な存在”でいなければならない気がしてしまう。
でも、長くいると変わる
数年経つと、少しずつ変わります。
説明を減らしても、
関係が壊れないことに気づく。
理由を語らなくても、
日常は回る。
インドネシアでは、
「そこにいる」という事実のほうが強い。
顔を合わせ、仕事をし、食事をし、挨拶を交わす。
それだけで、関係は積み重なっていきます。
理由は、あとからでいい。
説明を減らすと、エネルギーが戻ってきます。
本当に必要な場面だけ話す。
それ以外は、流す。
「どうして?」に対して、
深く語らなくてもいい。
インドネシアには、
“なんとなく分かる”という文化があります。
この文化に身を置いていると、
日本的な“完全説明”をしなくても、生きていけると分かってきます。
インドネシアに長くいると、
自分がどこにも完全には属していないと感じる瞬間があります。
でも、それは不安定ではありません。
むしろ、
どこにも100%依存していない状態です。
説明をしなくてもいい。
証明しなくてもいい。
その状態に入ると、
揺れにくくなります。
インドネシアの社会には、
宗教的な「任せる」感覚があります。
InshaAllah(神の思し召しのままに)。
Semoga lancar(うまくいきますように)。
この言葉の背景には、
すべてを理屈で固めなくてもいいという前提があります。
最初は違和感があっても、
長くいると、この余白が救いになります。
将来を完全に説明できなくてもいい。
決め切らなくてもいい。
それでも、日常は進みます。
インドネシア生活が長い人ほど、
説明をやめていきます。
それは諦めではなく、
拠点が内側にできた証です。
どこにいるかを語らなくても、
なぜいるかを証明しなくても、
生活は成立している。
理解されなくても揺れない。
それは、
インドネシアという曖昧さを含んだ社会で、
少しずつ身についた感覚かもしれません。
説明をやめることは、孤立ではありません。
それは、
関係性の中で、もう十分に存在できているという状態なのだと思います。