マカッサルの街に暮らしていると、ときおり何とも言えない贅沢を感じる瞬間があります。
海辺の夕焼けに染まる空、活気ある市街地──。しかし、それに勝るとも劣らない豊かさが、ある一杯のコーヒーの中にあります。
それが、トアルコ・コーヒーショップで味わう、トラジャ・プルプル産シングルオリジンのハンドドリップコーヒーです。
それは、ただ「おいしいコーヒーを飲む」という体験を超え、カップの中に土地の記憶、農家の手仕事、そして自然の営みのすべてが詰まっていると感じられる、かけがえのない時間なのです。
トラジャ地方は「幻のコーヒー」の産地として世界的に知られていますが、その中でもプルプル(Pulu-Pulu)村はひときわ特別な存在です。
この村は標高1,900メートル前後の高地に位置し、スラウェシ島全体でも有数の高標高産地とされています。
標高が高いということは、昼夜の寒暖差が大きく、チェリーの成熟がゆっくりと進みます。これにより、糖度が高く、香味成分がぎゅっと凝縮されたコーヒー豆が育ちます。
また、火山性の肥沃な土壌や霧に包まれる湿潤な気候も相まって、他のトラジャ産とは一線を画す、複雑で繊細な風味が生まれます。
プルプル産の豆は、その品質の高さから単一農園・単一区画のシングルオリジンとしてロット管理されることが多く、国内外のスペシャルティコーヒー市場でも高い評価を受けています。
マカッサル市内にある「トアルコ・コーヒーショップ」は、キーコーヒー社がトラジャ地方で築き上げてきたコーヒー文化を、私たちの暮らしの中へと届けてくれる場所です。
店内では「トアルコ・トラジャ」の定番ブレンドや、自社農園パダマラン、ピュアベリーなど多彩なラインナップが楽しめますが、特におすすめしたいのが、プルプル産の豆を使ったシングルオリジンのハンドドリップコーヒーです。
この日いただいたのは、収穫後すぐに水洗精製されたロット。発酵や乾燥も丁寧に管理されたもので、クリーンカップが際立つ仕上がりでした。
抽出にはハリオV60ドリッパーが使用され、豆の持つ繊細な個性を最大限に引き出すドリップ手法がとられていました。
注湯のスピード、リズム、湯温──そのすべてがプルプルという土地の声を、丁寧にカップへと翻訳しているように感じられました。
コーヒーは、焙煎日と抽出時刻が記されたカードと共に、サーバー(ガラスポット)とロゴ入りの小さなデミタスカップで提供されました。注がれていた量はおそらく50ml前後。
この少量提供こそが、プルプルのように繊細なコーヒーにふさわしいスタイルだと感じました。
小さなカップに注ぐことで香りが凝縮され、顔を近づけた瞬間にアロマが一気に広がります。まるで一杯の中に、花束を閉じ込めたような感覚です。
さらに、ガラスポットに残ったコーヒーを少しずつ注ぎ足しながら飲むことで、温度変化による香味の変化をゆっくり楽しめるのも魅力のひとつ。
冷めるにつれて、酸味はやわらぎ、代わりにキャラメルやミルクチョコレートのような甘みが立ち上がってきます。まるで、一杯の中でストーリーが展開していくような体験です。
ハンドドリップで丁寧に抽出されたプルプルのシングルオリジンは、ジャスミンを思わせる華やかなフローラルノートから始まり、みかんや白桃のようなジューシーな酸味へと続きます。
この酸味は丸みがあり、熟した果実のように穏やかで、奥行きのある味わいです。
余韻には、白ブドウやミルクチョコレートを思わせる、優しい甘みが感じられ、カップを空にしてもしばらく余韻が残りました。
苦味は非常に穏やかで、全体としては透明感に満ちた味わい。トラジャの「力強さ」とはまた異なる、静けさと豊かさを兼ね備えた芸術的な一杯でした。
この魅力を最大限に引き出していたのが、バリスタによる丁寧なハンドドリップと、小さなデミタスカップという提供スタイルだったことは間違いありません。
世界の多くの都市では、こうした高品質なシングルオリジンのコーヒーは、コンテスト受賞店や特別なカフェでのみ提供されるものです。
しかしここマカッサルでは、トラジャと都市の距離が近いからこそ、産地直送の豆を日常的に味わえるという贅沢があります。
それはまるで、農園で育てられたワインを、隣町の食堂で気軽に楽しめるような感覚です。
土地と人の距離が近いからこそ生まれる、「本物が生活にある」という幸福が、ここにはあります。
トラジャ・プルプルのシングルオリジン豆は、ただの「おいしいコーヒー」ではありません。
それは、標高1,900mという過酷な環境の中で育てられた豆に込められた、自然と人との対話の結晶です。
そこには、農園の努力、気候との闘い、そして焙煎・抽出に携わる人々の情熱が折り重なっています。
そのすべてが凝縮された一杯を、静かに味わえる場所──それが、マカッサルのトアルコ・コーヒーショップです。
この一杯を通して感じるのは、香味だけではありません。土地と文化と人が織りなす「物語」そのものを、口にしているのだという実感です。
もしマカッサルを訪れる機会があるのなら、ぜひこの「プルプルの一杯」に出会ってみてください。
きっと、その瞬間が旅の記憶をひときわ豊かなものにしてくれるはずです。
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