インドネシア・マカッサルの中心地パナックカンでの暮らしを通じて見えてきた、都市構造の不思議と生活の知恵。迷路のような細道、塀に囲まれた住宅地、店舗と住居が融合したルコ……。整然とはしていないが、確かに息づく街の“カタチ”を、夕方の散歩を通して感じた日々をお伝えします。
南スラウェシの中心都市・マカッサル。その中でも私は、パナックカン地区という街の中心に住んでいます。このエリアには今もなお、素朴な生活の匂いが色濃く残っています。
私はこの街の集合住宅地、いわゆる「コンプレックス」に暮らしており、夕方になると近所を散歩するのが日課です。雨季が明け、乾いた風が吹くこの季節は、まさに散歩にぴったり。あえて入り組んだ細道を選び、「この道はどこに続いているのだろう?」と、好奇心のままに歩くのが最近の楽しみです。
暮らしているうちにふと気づいたのは、この街では整然さや効率性よりも、人々の暮らしと土地との関係性のほうが、街の姿を形づくっているということ。なぜこの街はこんな構造になっているのか? なぜ塀で囲まれ、外と中がくっきりと分かれているのか?
そんな問いを胸に、私は今日もこの街の「内と外」を歩いています。
マカッサル中心部のパナックカン(Panakkukang)は、ローカルの活気と都市化の波が共存する、不思議なバランスを持った場所です。夕方になると、涼しい風に誘われて散歩に出かけます。乾季に入ってからは雨の心配も減り、より自由に街歩きを楽しめるようになりました。
最近のマイブームは、わざと迷路のように入り組んだ細道を選んで歩くこと。曲がりくねった路地を進んでいると、行き止まりかと思いきや、思いもよらない場所に出たりして、ちょっとした冒険気分を味わえます。
こうした複雑な道路構造に、最初は戸惑いました。けれど、これはインドネシアの多くの都市に見られる「自然発生型都市構造」の特徴だと知って納得しました。
マカッサルはもともと港町として発展し、貿易や漁業を中心に人々が集まってきた場所です。オランダ統治時代に一部のエリアは計画的に整備されましたが、多くの住宅地は、地元の人々の生活の中から自然に形成されてきました。
道路は「最短距離」よりも、「あの人の家の前を避ける」「日陰を通る」など、暮らしの知恵に従って曲がりくねっていきます。その結果、地図ではわかりにくい迷路のような構造ができあがったのです。
私の暮らすアパートは「コンプレックス」と呼ばれる住宅地にあります。高い塀に囲まれ、出入り口には24時間体制のセキュリティゲート。正面ゲートを通らないと、家にはたどり着けません。
最初は「遠回りだな」と思ったこともありましたが、今ではその構造が「守られている」という安心感につながっています。日本でもオートロックのマンションはありますが、ここまで物理的に外部と遮断されている住環境は少ないかもしれません。
塀の中には静かな空間が広がり、子どもたちが遊ぶ広場や、住民同士がすれ違う小道があります。まるで別世界のような穏やかさがそこにはあります。
一歩、塀の外に出れば、街の雰囲気は一変します。そこには「ルコ(Ruko=Rumah Toko)」と呼ばれる店舗兼住宅がずらりと並び、1階が商売、2階が住まいという形式が定着しています。マカッサルのような都市では非常に一般的な光景です。
ルコには、ミニショップや食堂、バイク修理店、カフェ、診療所など、生活に密着した商売がぎっしり。コンプレックスの外縁をルコが取り囲むような構造は、計画というよりも、自然な都市の成長の結果とも言えるでしょう。
マカッサルの都市構造を理解するには、その歴史と人口の移動を振り返る必要があります。古くから海上交易の拠点であったこの街には、商人、漁師、農民、そして外国人居住者が交わる“混成都市”としての性格があります。
オランダ統治時代から、中国系、アラブ系、ブギス系など多様な民族が根付き、それぞれが独自のエリアを築いてきました。特に1990年代以降の経済成長に伴い人口が急増した際、都市計画が追いつかず、住宅は既存の道路沿いに無秩序に増えていきました。その結果、道幅は狭く、街全体が迷路のように入り組んでいったのです。
インドネシアでは土地の所有意識が非常に強く、「自分の土地は自分で守る」という考えから、塀を建てる文化が発達しました。治安対策、プライバシー確保の面でも、塀とゲートのある住宅地は中間層以上に好まれる傾向にあります。
隣家と隣家の間にはほとんど隙間がなく、塀と建物が一体化したような風景もよく見られます。こうした構造は、ある意味で“都市の合理”ではなく、“住まいの実感”から生まれたものなのかもしれません。
今日も夕方になれば、私はこの街の中を歩きます。舗装が途中で切れていたり、寝そべっている猫に癒やされたり、どこかで子どもたちが笑っていたり。毎日同じ道を歩いても、必ず小さな発見があるのが、この街の面白さです。
迷路のような道、塀に囲まれた家、ルコのにぎわい──それぞれが、このマカッサルという街の“今”を形づくっています。そして、その街の風景の中で、暮らす自分の存在もまた、この土地の一部になっていくように感じています。