インドネシア・マカッサルでは、カフェが若者で溢れ返ります。背景にあるのは「ngopi」という、コーヒーを飲みながら語り合う文化。イスラム社会のノンアルコール文化、Warkopの伝統、気候、SNS世代の価値観など、カフェ文化の魅力をお伝えします。
日本の常識が通用しない、街の風景
マカッサルの主要道路沿いには無数のバイクが並び、カフェという店はどこも満席。若者たちがコーヒー片手に笑い合い、学生はノートパソコンを開いて課題に取り組んでいる。時間帯を問わず、カフェは常に人々で溢れています。
日本なら「社交の場」といえば居酒屋やバー、あるいはファミレスやカラオケ。でも、ここマカッサルではカフェこそが人々の交流の中心なのです。
そして、その文化の根底にあるのが「ngopi(ンゴピ)」という言葉でした。
「今日、ngopi行かない?」
インドネシアの友人ができると、必ずこう誘われます。最初は単純に「コーヒー飲みに行こう」という意味だと思っていました。でも、実際はもっと深い意味があったんです。
「ngopi」は”集まる”ことそのもの
「ngopi」は、インドネシア語で「コーヒーを飲む」を意味する「minum kopi」が短縮された俗語。でも、インドネシア人にとってngopiは単なる「コーヒーを飲む行為」ではありません。
友人や家族と集まる
ゆっくり時間を共有する
何気ない会話を楽しむ
ただそこに一緒にいる
こうした「語らう時間そのもの」がngopiなのです。
面白いのは、実際にはコーヒーを飲まなくてもいいということ。アイスティーでもジュースでも、カフェで集まって話すことが「ngopi」。つまり、「飲み物」は口実で、本質は「人とつながること」にあるんですね。
ここで疑問に思う方もいるでしょう。なぜ、わざわざカフェなのか?
その答えは、インドネシアの宗教背景にあります。
アルコールのない国の、新しい社交のかたち
インドネシアの人口約87%はムスリム。日常的にアルコールを飲む人は多くありません。だから、日本のような「飲み会文化」「居酒屋で語り合う」といった習慣は根付いていないのです。
でも、人間の「集まりたい」「話したい」という欲求は万国共通。
その受け皿として発展したのが、コーヒーを媒介にした社交の場だったというわけです。お酒の代わりに、コーヒー。バーの代わりに、カフェ。イスラム文化圏ならではの進化になっています。
インドネシア全体でngopi文化はありますが、マカッサルは特に「カフェ文化」が色濃い街として知られています。では、なぜマカッサルなのか?
実は、複数の要素が複雑に絡み合って、この独特な文化を生み出しています。
マカッサルには「Warkop(ワルコップ)」と呼ばれる、昔ながらのコーヒー屋台文化があります。道端でコーヒーとお菓子を楽しみながら、人々が世間話をする——そんな光景が、モダンなカフェが登場する前から存在していました。
今のおしゃれなカフェ文化は、実はこのWarkop文化の進化形。伝統が現代に受け継がれています。
マカッサルは赤道に近く、一年を通して暑い地域です。だからこそ、エアコンの効いた快適なカフェは、人々にとって格好の憩いの場所。
暑さをしのぎながら、冷たいドリンクを片手にゆっくり過ごす。カフェは単なる飲食店ではなく、「涼しさ」を提供する社交空間として機能しています。
マカッサルのカフェは、常に人で溢れています。
カフェの前には常に人がいて、店内外が明るく賑やか。道にはバイクや人が行き交い、活気に満ちています。この賑やかさが安心感を生み、若者も女性も気軽にカフェへ出かけられる雰囲気になります。
マカッサルのカフェは本当にリーズナブル。コーヒーが10,000〜20,000ルピア(約100〜200円)、アイスドリンクでも15,000〜30,000ルピア程度。しかもWi-Fi無料、電源完備。追加注文しなくても長時間滞在OKという優しさ。
学生のお小遣いでも気軽に通えるから、カフェが若者の「日常の居場所」になります。
マカッサルの若者は、InstagramやTikTokへの投稿を大切にしています。カフェは単なる飲食店ではなく、「映えスポット」でもあるんです。
ネオン看板、インスタ映えする壁、可愛いラテアート、モダンなインテリア——これらが若者を惹きつけ、カフェは「遊び場」であり「交流の場」であり「発信の場」になりました。
最も重要なのがこれ。マカッサルのカフェは、単に飲食する場所ではありません。
つまり、家でもなく学校や職場でもない「第三の場所」として、カフェが完璧に機能しています。これこそが、日本の居酒屋やファミレスが担ってきた役割に近いのかもしれません。
マカッサルに住んで気づいたのは、この街のカフェ文化は決して「イスラムだからお酒を飲まない」という単純な理由だけで成り立っているわけではない、ということです。
ngopi という文化的な価値観
イスラム社会のノンアルコール文化
古くからのWarkopの伝統
暑い気候と涼を求める習慣
賑わいが生む安心感と活気
SNS世代の感覚
カフェの圧倒的な数と手頃な価格
これら複数の要素が複雑に絡み合って、「カフェで語り合う」という独自の文化を形づくっています。
コーヒーは「つながるための入口」
マカッサルで暮らしていると、コーヒーがただの飲み物ではないことを何度も実感します。
それは人と人をつなぐ「入口」であり、会話を生み出す「きっかけ」であり、忙しい日常の中で「ただ集まり、話し、くつろぐ」というシンプルな幸せを取り戻させてくれる存在。
日本では「効率」や「生産性」が重視されがちですが、マカッサルのカフェは違います。何時間いてもいい。何も注文しなくてもいい。ただそこにいて、人と話すことに価値がある。
この街のカフェ文化は、現代社会が忘れかけているコミュニケーションの本質を、静かに、でも力強く教えてくれているのです。