海外拠点をどこに置くか、という話になると、
多くの人は「どの街が楽しいか」「どの国が刺激的か」という軸で考えます。
けれど、実際に海外での生活が長くなってくると、
その問い自体が、少しずつ変わっていきます。
どこが楽しいか、ではなく、
どこなら自分がブレずにいられるか。
海外拠点は、人生を派手にする場所ではなく、
淡々と積み上げるための“土台”です。
前回の記事では、
マカッサルという街が、なぜその土台として強いのかを書きました。
今回は、その続きを書きます。
正確に言えば、どう削ぎ落とされていくのか。
性格、仕事、そして「物」。
この三つが変わっていくプロセスを振り返ると、
海外生活の本質が、かなりはっきり見えてきます。
海外生活で「日本的性格」が静かに剥がれていく瞬間
海外で暮らし始めたばかりの頃、
多くの日本人は、無意識に「日本的な振る舞い」を持ち込みます。
相手の空気を読み、
先回りして配慮し、
角が立たないように言葉を選び、
曖昧なまま場を収める。
これは性格ではありません。
日本という環境で生き抜くために身につけた、
極めて高度な適応スキルです。
ただ、海外で生活していると、
このスキルがほとんど機能しない瞬間に何度も出会います。
丁寧に説明しても、
遠回しな言い方をしても、
返ってくるのは「で、結論は?」という一言。
相手の立場を考えて我慢しても、
そのこと自体が評価されることはありません。
誰も気づかないし、何も変わらない。
YesともNoとも言わずに濁せば、
「言わない=同意」と受け取られ、
条件だけが淡々と決まっていく。
こうした経験を何度も重ねるうちに、
人は気づきます。
ああ、これは“性格の問題”ではないのだ、と。
海外では、日本的な配慮や我慢は、
価値を生まないことが多い。
むしろ、判断を遅らせるノイズになる。
その結果、
結論から話すようになり、
必要なことしか言わなくなり、
感情をあまり乗せなくなる。
「日本的性格がなくなった」と言われることもありますが、
実際にはそうではありません。
不要な装備を外しただけです。
海外ビジネスというと、
多くの人は大都市を思い浮かべます。
情報が集まり、人が集まり、
ネットワークが広がっていく場所。
確かに、スタート地点としては有利です。
ただ、実際に事業を回し続ける段階に入ると、
その環境が逆に重く感じられることがあります。
会食が増え、
情報が増え、
比較される場面が増え、
判断が遅れていく。
国際ビジネスの多くは、
正解がありません。
前例も、ほとんど使えない。
だからこそ必要なのは、
「情報の量」よりも、
判断を下せる静けさです。
地方都市には、それがあります。
人間関係は軽く、
付き合いは最小限で、
生活コストも低い。
夜は静かで、
一人で考える時間が自然に確保される。
マカッサルのような都市は、
情報は多くありません。
でも、その分、判断が早い。
失敗しても、
ダメージが小さく、すぐに立て直せる。
世界と向き合う仕事をしている人ほど、
住んでいる場所は驚くほど地味。
これは、実はとても合理的な選択です。
海外生活が数年単位になってくると、
多くの人に共通した変化が起きます。
物が、減っていく。
引っ越しのたびに、
家具や家電が負担になる。
管理や修理、盗難のリスクも増える。
国を跨ぐとき、
物は一気に足かせになります。
その経験を繰り返すうちに、
人は自然と考えるようになります。
「これは、本当に必要か?」
結果として、
家具は最低限になり、
服も減り、
本や思い出の品も手放していく。
最終的に残るのは、
ノートPCとスマホ、
パスポートと最低限の衣類。
それでも、生活は成立します。
食事は外で完結し、
住居は借り、
必要な物は現地で調達する。
思い出は、写真やデータに残る。
物を減らすというのは、
単なるミニマリズムではありません。
過去への執着が薄れていくということです。
海外生活が長い人ほど、
過去をあまり語らず、
思い出を飾らず、
「今」を基準に生きています。
性格が削ぎ落とされ、
仕事の進め方が変わり、
物が減っていく。
これだけ聞くと、
どこか冷たくなったように感じるかもしれません。
でも実際には、逆です。
判断は速くなり、
感情は安定し、
行動は軽くなる。
海外生活は、人を強くするというより、
軽くするのだと思います。
余分なものを足すのではなく、
不要なものを静かに手放していく。
マカッサルで生活していると、
この「削がれていく感覚」が、
とても自然に進みます。
無理に何かを変えようとしなくても、
街の構造そのものが、
人をそういう状態に導いていく。
海外拠点を選ぶということは、
どこで遊ぶかを決めることではありません。
どこで、自分を保ち続けられるか。
どこなら、判断を誤らずにいられるか。
マカッサルを拠点にし、
必要なときだけ外に出る。
このスタイルは、
海外生活を長く続けた先で辿り着く、
ひとつの完成形に近いと思っています。
海外で強くなるとは、
何かを足すことではありません。
余分なものを捨てた結果、
自然に残ったものだけで生きられるようになること。
マカッサルは、
そのプロセスを静かに支えてくれる街です。