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なぜ日本人は「戻ること」に理由を求めてしまうのか?海外を拠点に生き続ける人たちの見えない前提

海外で生活していると、日本に戻るだけなのに、なぜか理由を探してしまう瞬間があります。日本人が「戻ること」に説明を求めてしまう背景を手がかりに、海外を拠点に長く活動を続けている人たちの共通点を考察します。語学や環境ではなく、無意識に組み込まれている前提の違いとは何かをお伝えします。

「戻るだけ」なのに、なぜ説明したくなるのか

海外で生活していると、ときどき不思議な感覚に出会います。

日本に戻るとき、なぜか理由を整えようとしている自分に気づく瞬間です。

「少し疲れたからです」

「用事があって」

「一時帰国です」

誰かに詰められているわけでもありません。

説明を求められているわけでもありません。

それでも、日本に戻るという行為に、

一言、理由を添えたくなってしまう。

本当は、ただ戻るだけなのに。

この感覚は、海外にいる時間が長くなるほど、はっきりと浮かび上がってきます。

「一度選んだ場所から離れないこと」が正しかった背景

なぜ日本人は、「戻ること」に理由を求めてしまうのでしょうか。

その背景には、日本社会で長く共有されてきた価値観があります。

それは、

一度選んだ場所から、簡単に離れてはいけない

という前提です。

・続けること

・耐えること

・途中で抜けないこと

これらは、日本では長いあいだ

「誠実さ」や「責任感」と結びついて語られてきました。

そのため、

一時的に距離を取ること

場所を変えること

元いた場所に戻ること

こうした行動は、無意識のうちに

「中断」「逃げ」「弱さ」と近い場所に置かれやすくなりました。

だからこそ、日本人は

戻るときに理由を求めてしまうのです。

海外生活で人を消耗させるのは、語学でも環境でもありません

海外生活が続かなくなる人を見ていると、

原因は語学力や文化の違いではないことがほとんどです。

本当に効いてくるのは、

どこにも戻らない前提で走り続けてしまうことです。

海外では、

判断をすべて自分で行い、

言葉を選び続け、

小さな違和感を自分の中で処理し続けます。

それ自体は成長でもあります。

ただ、それが長期間続くと、

少しずつ、確実に消耗していきます。

その状態で、「戻る」という選択肢を

自分の中から消してしまうと、

人は静かに限界へ近づいていきます。

続いている人たちは、「戻ること」を特別扱いしません

一方で、海外を拠点に長く活動している人たちを見ると、

ある共通点があります。

それは、

戻ることを特別な行為として扱っていないという点です。

彼らは、戻る理由を詳しく語りません。

正当化もしません。

「そういう流れだから」と、淡々としています。

重要なのは、

戻ること自体が目的になっていないことです。

彼らにとって戻るとは、

生活や判断の前提に組み込まれている行動であり、

イベントではありません。

一つの場所に、すべてを背負わせないという考え方

海外生活が続いている人たちは、

一つの場所にすべてを求めません。

・仕事の緊張

・判断の連続

・人間関係

・言語的な負荷

これらを、

一つの拠点で完結させようとしないのです。

その代わりに、

場所ごとに役割を分けています。

動く場所。

考える場所。

説明しなくていい場所。

この分業が、結果的に

人を長く保たせているように見えます。

日本人が「戻ること」に抵抗を感じやすい理由

日本人は、集団との調和を大切にしてきました。

  • ・途中で抜けるのは申し訳ない
  • ・休むなら成果を出してから
  • ・戻るなら、理由を伝えるべき

こうした考え方は、とても誠実です。

ただ、海外を拠点に生きる場合、

この前提が少しずつ重荷になります。

海外では、

誰もあなたの状態を把握していません。

自分で自分を調整するしかない。

そのとき、「戻ること」に理由が必要だと思っていると、

判断がどんどん遅れていきます。

「戻れる」と思えるだけで、判断は軽くなります

戻ることを特別視しなくなると、

不思議な変化が起きます。

無理をしなくなります。

判断が早くなります。

場所への執着が薄れます。

どこかで立て直せると分かっているから、

今いる場所で過剰に踏ん張らなくなるのです。

これは気持ちの問題ではありません。

構造の問題です。

続いている人が持っている「見えない前提」

なぜ日本人は「戻ること」に理由を求めてしまうのでしょうか。

それは、戻らないことを前提に走る文化の中で、

真面目に生きてきたからだと思います。

一方で、海外を拠点に生き続けている人たちは、

その前提を静かに書き換えています。

戻ることを、

特別な行為にしない。

説明が必要な行動にしない。

それを、生活の設計に最初から組み込む。

この「見えない前提」があるかどうかで、

海外での時間は、

消耗にも、持続にも変わっていきます。

まとめ 続けるために、戻ることを当たり前にする

戻ることは、

特別な決断ではありません。

誰かに説明するための行動でもありません。

続けるために、

当たり前に用意されている選択肢の一つです。

海外を拠点に生きるということは、

強くなることではなく、

無理をしなくて済む構造を持つことなのかもしれません。

その構造の中に、

「戻る」という行為が自然に組み込まれているかどうか。

それが、静かに、でも確実に

人生の持続性を分けているように感じます。

kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。