バリ島での滞在を終え、いよいよ帰路。今回搭乗したのはライオンエアJT744便、デンパサール発マカッサル行き。機材はボーイング737-900ER、レジ番号はPK-LHJ。座席は後方の窓側37Aでした。普段なら「後方席は降機に時間がかかる」と思うところですが、この日は違いました。滑走路の一時閉鎖による出発遅延が、思わぬ幸運を運んでくれたのです。夕陽と雲海に包まれる、忘れられない空の旅の始まりでした。
16時、ボーディング開始。機内に足を踏み入れると、通路には荷物を頭上に上げる乗客の列ができ、キャビンアテンダントが笑顔で手伝っていました。エコノミークラスは3-3配列で座席がずらりと並び、ピッチはやや狭め。それでも窓側37Aに腰を下ろすと、不思議と安心感に包まれました。
16時40分にドアクローズ。タキシングを始めるも、滑走路の閉鎖で機体はしばらく待機することに。窓の外には次々と着陸する他社機が並び、滑走路の混雑が伝わってきます。機内はざわついていましたが、私はむしろ「夕陽の時間にちょうど飛べるかもしれない」と、密かに期待していました。
搭乗から約1時間後、17時過ぎにようやく滑走路へ進入。機体は力強く加速し、数十秒で大地を離れました。体がシートに押し付けられる感覚、眼下に小さくなっていくバリの街並み。オレンジ色の夕陽が翼を赤く染め、機内に反射する光は、まるで映画のワンシーンのようでした。
窓からはクタの海岸線、赤い屋根の建物が見え、徐々に遠ざかっていきます。何度も目にしたはずの光景なのに、この日は時間帯の魔法によって、格別な美しさをまとっていました。
上昇して間もなく、右手にバリ・アグン山の雄姿が現れました。頂が雲海から突き出し、沈みゆく太陽の光を受けて黒々と影を落としています。
黄金色に輝く雲が山肌を包み、空は刻々と色を変えていきます。その壮大な姿を眺めていると、「神々の島」と呼ばれる所以を改めて実感。まるでアグン山に見送られているかのような、不思議な感覚にとらわれました。
やがて機体は安定飛行に入り、眼下には一面の雲海が広がりました。夕陽に照らされた雲はオレンジから紫へとグラデーションを描き、幻想的な光景を生み出します。
大自然が創り出す劇場に招かれた観客のような気分。機内のざわめきも一瞬静まり、誰もがその美しさに息をのんでいました。
17時50分過ぎ、降下開始。雲を抜けると、眼下にはマカッサルの街並みが広がり始めました。蛇行する川、街の灯り、西の空に残る夕焼け。やがてシートベルトサインが再点灯し、窓の外には「昼と夜の境界線」が広がります。街の灯りが一つ、また一つと輝きを増し、旅の終わりと日常の始まりを告げていました。
18時過ぎ、マカッサルの空港に着陸。滑走路灯が整然と並ぶ中、遠くには煙が立ち上る光景も見えました。少し雑然としたインドネシアらしい風景ですが、それでもどこか安心感に包まれます。
シートベルトサインが消えると、乗客たちは一斉に立ち上がり荷物を取り出し始めました。後方席のため降機には時間がかかりましたが、その間も窓の外を眺め、先ほどまでの壮大な景色を思い返していました。
今回のライオンエアJT744便は、単なる移動を超えた「空の体験」でした。滑走路閉鎖による遅延が幸運を呼び込み、アグン山の雄姿、雲海に沈む夕陽、そしてマカッサルの街の灯りという絶景に出会えたのです。
飛行機に乗るとき、私たちはつい快適さや時間の正確さを重視してしまいます。しかし、ときに「予期せぬ遅延」が、かけがえのない旅のハイライトを生み出すことがある。今回のフライトはまさにその象徴でした。
たった1時間の空の旅に、これほどの感動と余韻が詰まっていたことに驚かされます。バリを後にし、マカッサルへと戻る道のりは、最高のフライトで締めくくられることになりました。