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「週末ブルネイ旅」カンポン・アイール散策 “東洋のベニス”と呼ばれる水上集落

バジョ族の水上集落と何が違う?ブルネイ・カンポン・アイールの歴史と暮らし

ブルネイ観光といえば、豪華絢爛なモスク、そして外せないのが水上集落「カンポン・アイール(Kampong Ayer)」です。ホテルでひと息ついたあと、いよいよ本格的な観光を開始します。

ブルネイ川沿いには、今も巨大な水上集落が広がり、約3万〜4万人(公式では3万9千人規模)もの人々が暮らしています。21世紀の現代に、これほど大規模な水上集落が残っている光景は圧巻です。

インドネシアにも海の遊牧民として知られるバジョ族(サマ・バジャウ族)が各地に水上集落を構えていますが、ブルネイのカンポン・アイールとは文化的な成り立ちも背景も全く異なります。

なぜブルネイには水上集落があるのか — 王国の起源は「水上文化」

水上集落と聞くと、「貧しく土地がないから水の上に家を建てた」というイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし、ブルネイのカンポン・アイールはその逆です。

ブルネイは古来より、ボルネオ島北岸で栄えた海洋王国でした。川と海が直接つながり、交易にも漁業にも最適だったため、川の上に家を建てることが最も合理的な生活スタイルだったのです。

驚くべきことに、かつては王族や支配階級も水上集落で暮らしていたと言われています。つまり水上生活は、ブルネイの伝統的なライフスタイルであり、“貧しさ”ではなく“文化”なのです。

歴史資料によると、

1400年代頃には王宮が水上集落にあり、

19世紀頃まで首都機能も水上集落内にあった

とされています。

つまり、カンポン・アイールは単なる漁村ではなく、かつてはブルネイ王国の政治・経済の中心地でした。

ブルネイの水上集落とバジョ族 — ルーツは全くの別物

ここで重要なのは、ブルネイの水上集落とバジョ族の水上集落は、見た目は似ていても文化的ルーツが全く異なるという点です。

バジョ族(サマ・バジャウ族)

  • 主にサバ州(マレーシア)、タウィタウィ(フィリピン)、スラウェシ周辺
  • 伝統的な海の遊牧民
  • 移動しながら素潜り漁を中心に暮らす
  • 船上生活や沿岸の小規模集落が中心
  • 国境を越えることも多く定住性が弱い

カンポン・アイール住民

  • 主にブルネイ系マレー人(Malay Brunei)
  • 河川・海上交易を基盤としたマレー文化
  • 交易の便利さから「定住型の水上集落」を形成
  • 強いコミュニティを持ち、行政サービスも水上に整備

つまり、

バジョ族=海の遊牧文化

カンポン・アイール=河川交易と王国の水上文化

という、全く異なる文化的背景を持っています。

地形が生んだ生活様式 — 湿地帯と河川交通の利便性

ブルネイ川沿いは広大な湿地帯が広がり、地盤が弱い場所に家を建てるよりも、水上に高床式の家を建てた方が安定した時代がありました。

また、かつての主要な交通手段はボートであり、水上に住むことで街のどこへでも簡単に移動できたため、集落は自然と拡大していきました。現在も「水上タクシー」が主要な移動手段として残り、その名残が色濃く残っています。

ホテルから街歩きへ — ブルネイ川を目指して

Hotel Badi’ahで荷物を整え、市内散策へ出発します。首都バンダル・スリ・ブガワンは非常にコンパクトな街で、主要観光スポットの多くが徒歩圏内です。

ホテルを出るとすぐに熱帯の暑さが押し寄せますが、空気は意外と乾燥しており、日陰に入れば過ごしやすいのが救いです。

街を歩くとすぐにブルネイの豊かさを感じます。

道路は綺麗に舗装

歩道も整備

ゴミがほとんどない

建物が新しく清潔

高級車が多い

しばらく歩くとブルネイ川が姿を現し、その向こうに広がる水上集落が目に飛び込んできます。家々が水上に林立し、木製の通路でつながる独特の風景は、写真で見るより遥かに迫力があります。

水上タクシー乗り場へ — カンポン・アイールの玄関口

川沿いには水上タクシーの乗り場があり、小さな桟橋からモーターボートが次々と発着しています。対岸へ渡るだけなら運賃は1ブルネイ・ドル(約120〜130円)と非常に安価です。

桟橋に近づくとボートのドライバーが優しく声をかけてくれ、ボートに案内してくれます。

ボートからの眺め — 水上集落の全貌が迫る

ボートが走り始めると、風が心地よく、川面を滑るように進みます。

振り返れば金色のドームが輝くオマール・アリ・サイフディン・モスク、近代的なビル群、そして緑豊かな公園。陸地の近代都市と、伝統を残す水上集落のコントラストが鮮やかです。

前方にはカンポン・アイールが迫ってきます。

  • 人口約3万9千人
  • 42の村
  • 歩道橋は総延長30〜36km以上

1521年、マゼランの航海に同行していたアントニオ・ピガフェッタが「東洋のベニス」と記したという記録も残っています。

水上集落に上陸 — 木製の桟橋を歩く

桟橋に到着し、1ブルネイ・ドルを支払い上陸します。木製通路はやや揺れますが頑丈で、網の目のように家々をつないでいます。

歩き始めると、子どもの笑い声、テレビの音、料理の匂いなど、生活の気配が溢れていて「ここは観光地ではなく、生活の場なのだ」と実感します。

現代のインフラが整った水上集落

近年は政府による補強・整備が進み、水上住宅にも

  • 電気
  • 水道
  • インターネット

が完備されています。歩道橋や波止場、学校、モスク、病院、消防署まで整備され、完全に“水上の街”として機能しています。

消防署の前には消防船が停泊し、木造家屋の密集地での火災に備えて常時出動できる体制が整っています。

日常が息づく街 — 子供・学校・モスク

水上集落の学校では、制服姿の子どもたちが元気に通路を自転車で走り抜けます。

「こんな水上で自転車!?」と驚きますが、彼らにとっては普通の光景です。

モスクもいくつか見られ、水面に映る金色のドームは非常に美しい風景を生み出しています。

奥へ進むと、木製通路の老朽化が進んでいるエリアもあり、穴が空いている場所も見かけます。足元に注意しながら歩きますが、地元の人は平然と歩き、自転車まで走らせています。まさに“慣れ”の強さを実感します。

強いコミュニティが伝統を支えている

ブルネイ政府は陸地への移住も推奨していますが、多くの住民は水上生活を選び続けています。これは経済的な理由ではなく、コミュニティの結束と文化的なアイデンティティが強く根付いているためです。

“陸に住めるのに、水上を選ぶ”

これこそが、カンポン・アイールをカンポン・アイールたらしめている本質です。

まとめ   世界最大級の水上集落が教えてくれること

カンポン・アイールは、ブルネイ王国の歴史そのものであり、

  • 王族も暮らした水上文化
  • 河川・海上交易の中心地
  • 現代インフラを備えながら伝統を守る街

という、非常にユニークな存在です。

バジョ族のような海の遊牧民とは文化的に全く異なり、定住型の“水上の都”として発展してきました。

近代技術と伝統が共存し、住民との温かい交流も楽しめるカンポン・アイールは、ブルネイを訪れるなら必ず立ち寄りたい特別な場所です。

kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。