マカッサルのモールにあるハラルラーメン店。
赤い看板。
「いらっしゃいませ」「いただきます」の文字。
ポップな和風イラスト。
若者で賑わう店内。
見た目は完全に“日本”です。
そして私は、少しだけ複雑な気持ちで席に座ります。
味は悪くない。
むしろ方向性は正しい。
それでも、どうしても好きになれない。
その理由は、単なる味覚の問題ではありません。
それは
温度の問題であり、文化の問題であり、経営の問題であり、市場構造の問題です。
一口目。
「ああ、またか。」
ぬるい。
ラーメンにおいて温度は、味の一部です。
脂が開く温度。
香りが立ち上る温度。
丼を持った瞬間の熱。
それらがあって、初めて「うまい」が成立する。
ぬるいと、すべてが平面になる。
味はある。
でも立体感がない。
悪くないのに、感動がない。
これは非常にもったいない。
ここからは感情論ではなく、構造の話です。
インドネシアのモール型飲食店は、基本的にチェーン展開が前提です。
・若年層中心の客層
・回転率重視
・ファミリー利用
・安全第一
熱々すぎるスープはクレームのリスクになる。
火傷。
子ども。
SNS炎上。
その結果、“安全な温度”に調整される。
つまり、これは味覚の問題ではなく、リスク管理の問題なのです。
よく言われます。
「インドネシアは暑い国だから、熱々スープは合わない」
しかしそれは半分正しく、半分間違っています。
バクソもソトも、ちゃんと熱い。
ローカルスープ文化は存在します。
違いは何か。
スープの“飲み方”の文化が違うのです。
日本のラーメンは“すする文化”。
スピードと温度の料理。
インドネシアは“ゆっくり食べる文化”。
会話の料理。
モールのラーメンは、
「体験」ではなく「滞在時間」を売っている。
だから温度が落ちる。
さらに大きいのが、ハラル制約です。
豚骨は使えない。
ラードも使えない。
アルコールも使えない。
その中で、日本のラーメンを再現するのは難しい。
結果として、鶏白湯ベースになる。
これは悪いことではありません。
しかし問題は、「再現」に意識が向きすぎること。
本来必要なのは、再現ではなく再構築です。
ハラル前提で
新しい“インドネシア型ラーメン”を作るべきなのに、
中途半端に日本を模倣する。
その曖昧さが、味の芯を弱くする。
さらに気になるのがロール寿司。
甘いソース。
マヨネーズ。
トッピング過多。
これは完全に市場迎合型商品です。
理由は明確。
インドネシア市場は
濃い味・甘い味・視覚的派手さ
が強い。
シンプルな酢飯と魚では、売れにくい。
だからソースをかける。
しかし、ここで起きるのは何か。
「日本食=甘くて派手」という誤認識。
これはブランドの長期的毀損につながる可能性があります。
この店はチェーンです。
チェーン経営の本質は何か。
再現性。
標準化。
効率化。
しかしラーメンは本来、職人性の強い料理です。
スープの炊き出し温度。
提供タイミング。
湯切り。
盛り付け。
この“瞬間芸術”を、
マニュアル化した瞬間に、魂が抜ける。
チェーンが悪いわけではありません。
しかし、
チェーンとラーメンは相性が悪い。
少なくとも、海外市場では。
では、なぜ繁盛しているのか。
答えは簡単です。
・日本ブランドへの憧れ
・ハラル安心感
・モール立地
・価格帯の手頃さ
ターゲットは日本人ではありません。
若いインドネシア人です。
彼らにとってこれは
“本物の日本”ではなく
“日本風エンタメ空間”です。
つまりこの店は、ラーメン屋ではなく
日本テーマ型カジュアルダイニング
なのです。
私が好きになれないのは、
味そのものよりも、
「これが日本食と思われること」
への違和感です。
私はインドネシアで仕事をしています。
日本企業のイメージ。
日本品質。
日本ブランド。
それらは長年積み上げられてきた信頼です。
ぬるいスープが、
その信頼を直接壊すわけではありません。
しかし、少しずつ
「日本=まあまあ」
に変わっていく可能性はある。
そこに、もやもやする。
誤解しないでほしい。
私は、日本と同じ味を求めているわけではない。
ここはマカッサルです。
ローカライズは当然です。
しかし必要なのは、
温度そのものではなく、
本気度です。
・攻めたスープ温度
・ハラル前提での独自進化
・市場に迎合しすぎない設計
「これが私たちのラーメンだ」と言い切る覚悟。
そこが足りない。
インドネシアは成長市場です。
中間層拡大。
モール増加。
外食文化拡張。
しかし同時に、
消費者の舌も進化しています。
10年前なら通用した味が、
5年後には通用しなくなる。
今はまだ
“日本風であれば売れる”
フェーズかもしれません。
しかし次は
“本物でなければ生き残れない”
フェーズが来ます。
その時、ぬるいスープでは戦えない。
味は悪くない。
努力も感じる。
でも、好きになれない。
それは単なる好みではない。
温度の問題。
文化の距離。
経営設計。
市場戦略。
すべてが絡み合った結果です。
マカッサルで、本当に熱々の一杯に出会える日は来るのか。
私は今日も、探しています。
そして同時に、考えています。
日本食は、
この市場でどう進化すべきなのか。