マカッサル空港で目にした、異例の光景。それは地方都市では珍しいBoeing 777-300ERの姿でした。サウジアラビアLCC「flyadeal」による中東直行便の就航が、この街に何をもたらしているのか。早朝のハサヌディン国際空港から、ガルーダ・インドネシア航空GA617便でジャカルタへ向かう様子をお伝えします。
ブルースカイラウンジでの至福のひとときを終え、カートで1番ゲートまで送ってもらった私は、搭乗開始を待つ間、何気なくエプロン側の窓に近づきました。
朝日に照らされた滑走路を眺めながら、これから向かうジャカルタでの予定に思いを馳せていた、そのときです。視線が一点に釘付けになりました。
そこにいたのは、Boeing 777-300ER。
マカッサルでは、ほとんど見かけることのない巨大なワイドボディ機でした。
ハサヌディン国際空港は、南スラウェシ州の玄関口として日々多くの便が発着しています。しかし、その主役はあくまでもBoeing 737やAirbus A320といったナローボディ機です。国内線を中心に運航されるこの空港で、B777クラスの大型機を見ることは極めて稀と言えます。
それにもかかわらず、目の前には巨大な双発機が堂々と駐機している。
エンジンの大きさ、胴体の長さ、垂直尾翼の高さ。
周囲の航空機とのスケール感が、まるで違います。
機体に近づいて目を凝らすと、そこに描かれていたのは見慣れないロゴでした。赤と白を基調としたシンプルなデザインに、「flyadeal」の文字。サウジアラビアのLCC、フライアディールの機体です。
そう、最近就航したというマカッサル〜ジェッダ直行便の機材でした。
正直に言えば、マカッサルでB777を見る日が来るとは思っていませんでした。この空港は確かに南スラウェシの中心ではありますが、いわゆる「巨大ハブ空港」ではありません。ジャカルタのスカルノハッタ国際空港や、バリのングラ・ライ国際空港と比べれば、規模も発着便数も控えめです。
それでも、目の前には中東直行の大型機が駐機している。
その光景は、単に「珍しい」という言葉では片づけられない迫力と、何か重要な意味を持っているように感じられました。
地方都市の空港が、静かに、しかし確実に変わり始めている。
そんなメッセージを、この一機が雄弁に語っているように思えたのです。
flyadealは、サウディア航空グループ傘下のLCCです。2017年に設立された比較的新しい航空会社で、サウジアラビア国内線と一部の国際線を運航しています。
LCCでありながら、B777-300ERという大型機を使い、長距離国際線を飛ばすのは、かなり戦略的な選択だと言えるでしょう。
では、なぜマカッサルなのか。
その背景には、非常に明確な需要があります。
それは、メッカ巡礼(ハッジ・ウムラ)の需要です。
イスラム教徒にとって、生涯に一度はメッカを訪れることは重要な宗教的義務とされています。インドネシアからは毎年数十万人がサウジアラビアへ巡礼に向かいますが、これまでその多くはジャカルタ経由でした。
しかし、東インドネシアの信徒にとって、まずジャカルタまで飛び、そこから中東へ向かうのは、時間的にも経済的にも大きな負担になります。
さらに、東インドネシア地域の人口規模と経済成長も見逃せません。
マカッサルは人口約150万人の都市ですが、その背後には南スラウェシ州全体で約900万人の人口を抱えています。加えて、東インドネシア全体を見渡せば、数千万人規模の市場が広がっているのです。経済成長とともに、この地域の航空需要も確実に増加しています。
これまで、こうした移動はジャカルタ経由が当たり前でした。
しかし今、地方都市から直接中東へ向かう流れが生まれつつあります。
マカッサルでB777を見るという体験は、この街が単なる地方都市ではなく、「世界と直結する地点」になり始めていることを、静かに示していました。
窓の外で輝くB777を眺めながら、私は航空業界のダイナミズムを改めて感じていました。
需要があるところに路線は開設される。
巨大ハブ空港だけが世界への玄関口ではない。
地方都市もまた、適切な需要さえあれば、国際的な拠点となり得るのです。
そんな非日常的な光景に思わず見入ってしまいましたが、やがて搭乗アナウンスが流れ、私は本来の目的であるフライトへと意識を戻します。
今回搭乗するのは、ガルーダ・インドネシア航空 GA617便。マカッサルからジャカルタへ向かう、早朝の定番路線です。
ボーディングブリッジを渡り、機内に入ると、客室乗務員の方々が温かい笑顔で迎えてくれました。
機材は Boeing 737-800。
flyadealのB777と比べれば小型ですが、この国内線の主力機材は、インドネシアの空を支える信頼性の高い機体です。
機内は早朝便らしく、落ち着いた雰囲気に包まれていました。
乗客の多くはビジネス客のようで、スーツ姿の方が目立ちます。会話も控えめで静か。皆、これから始まる一日の仕事に備え、思い思いの準備をしているようでした。
やがて機内アナウンスが流れ、ドアがクローズされました。
機体はゆっくりとプッシュバックを開始します。後方に押し出される感覚とともに、エンジンの音が変わり、タキシングが始まりました。
朝の光に照らされた滑走路を進む途中、再び視界に入ったのが、先ほど見たflyadealのB777です。遠くからでも、その巨大さは際立っていました。
窓の外では、マカッサルの街並みがあっという間に小さくなっていきます。ハサヌディン国際空港の近代的なターミナルビル、その周辺に広がる開発エリア、そして南スラウェシ特有の水路や農地。高度が上がるにつれて、景色は次第に抽象的なパターンへと変わっていきました。
そして雲を抜けると、眼下には真っ白な雲海が広がり、その上には青い空が広がっていました。この景色を見るたびに、飛行機に乗ることの特別さを感じます。地上では決して見ることのできない、空の上だけの世界です。
安定飛行に入ると、シートベルト着用サインが消え、機内食のサービスが始まりました。トレイに載せられて運ばれてきたのは、朝にちょうどよいナシゴレンにアヤム、そして野菜。決して豪華ではありませんが、このあとジャカルタで予定がある身には、ありがたいバランスです。
移動の時間というのは、不思議と「考えがまとまる」時間でもあります。
地上にいるときは、メールや電話、会議など、常に何かに追われています。しかし空の上では、そうした外部からの刺激が一時的に遮断されます。Wi-Fiが使える機内も増えていますが、この便ではあえて接続しませんでした。
地上から切り離されることで、一度リセットされるのかもしれません。
様々な思考が、雲の上の静かな空間で、ゆっくりと整理されていきます。
インドネシアは世界最大の島嶼国家。約17,000もの島々からなるこの国を、航空機は日々結んでいます。この便もまた、その一つ。スラウェシ島とジャワ島を、わずか2時間で結ぶ空の架け橋なのです。
飛行開始から1時間半ほど経ったころ、降下のアナウンスが流れました。
機体はゆっくりと高度を下げ始め、シートベルト着用サインが再び点灯します。客室乗務員の方々が機内を最終確認して回り、到着の準備が整っていきます。
高度がさらに下がると、スカルノハッタ国際空港が視界に入ってきました。
やがて機体は指定されたゲートに到着し、エンジンが停止しました。
シートベルト着用サインが消えると同時に、乗客たちが一斉に立ち上がり、頭上のコンパートメントから荷物を取り出し始めます。ビジネス客の動きは素早く、効率的です。次の予定がすでに始まっているかのような、せわしない空気が機内に流れます。
ジャカルタでの仕事に向けて、
一日のスタートです。