エンジントラブルによる緊急引き返しという人生で最も緊迫したフライト体験を経て、私は再びスラバヤを目指すことになりました。空の安全は一瞬一瞬が真剣勝負。だからこそ、無事に目的地へ辿り着くまでが旅です。
マカッサル・ハサヌディン空港で、まさかの「トランジット」を経験することになりました。普段はこの空港を起点に出発するばかりで、到着して乗り継ぐのは初めてのこと。
到着口からセキュリティチェックを通過し、再び搭乗ロビーへ。特別な手続きはないものの、見慣れた空港が少し違って見えたのは、さっきまで非常事態の渦中にいたからでしょうか。
「いったい次はいつ出発できるのか?」と不安な気持ちを抱えながら、搭乗口のスタッフに尋ねると、「11時30分頃に再出発予定です」との返答。
しかし気になるのは機材の確保。どうするのかと思っていたら、なんと同じ時間帯に予定されていたジャカルタ行きの便が欠航となり、その機体をスライドしてスラバヤ便に充てるとのこと。
ジャカルタ行きの乗客には気の毒ですが、こうした柔軟な機材運用が緊急時には求められるのでしょう。
再出発までの少しの空き時間、空港内のカフェでアイスコーヒーを一杯。少し落ち着きを取り戻した頃、搭乗案内のアナウンスが響きました。
「今回はどうか無事に飛んでくれますように」──そんな思いで搭乗口へと向かいます。
新たな機材はAirbus A320-200、機体番号PK-GLUに変更。席は同じ11A。機長もCAも、先ほどの便と同じ顔ぶれでした。
約2時間半遅れで、再びスラバヤへ向けて出発します。
今度はエンジンの音も正常。タキシングから離陸まで、すべてが順調です。とはいえ、離陸時にはどうしてもエンジンの音や回転の様子を凝視してしまう自分がいました。
力強く空へ舞い上がり、マカッサルの市街地が徐々に遠ざかっていきます。「今度こそ大丈夫だ」と実感。
空には雲が広がっていたものの、飛行は終始安定しており、揺れもなくとても快適なフライトでした。
1時間ほどの飛行後、降下が始まると、眼下にマドゥラ島が見えてきます。
スラバヤ市内に差しかかると、大都市ならではのスモッグが広がり、空の色がやや黄ばんで見えたのが印象的でした。
そして、12時ちょうどにスラバヤ・ジュアンダ国際空港へ無事着陸。
最初の予定より約2時間半遅れての到着となりましたが、無事に着いたことへの安心感は何にも代えがたいものです。
これまで何十回も飛行機に乗ってきた中で、機材故障による緊急着陸という体験は初めてでした。願わくば、もう二度と経験したくはありません。しかしその一方で、空の旅がいかに“当たり前ではない”かを身をもって知る、貴重な教訓でもありました。
今回のフライト体験は、まさに「非常時」そのものでしたが、同時に、“当たり前に飛んで、当たり前に着く”ことの尊さを強く実感する出来事でもありました。
飛行機に乗れば、あっという間に遠くの街へ行ける。
毎年50回以上搭乗している私にとって、それはもう日常の一部になっていました。
けれど、あのとき感じた緊張と不安、エンジンを見つめながら祈るような気持ちは、旅の原点に立ち返らせてくれた気がします。
安全にフライトができるのは、整備士・管制官・パイロット・客室乗務員、そして地上オペレーションすべてのプロフェッショナルが支えているからこそ。その事実を肌で感じ、感謝の念がより深くなりました。
緊急事態のなかでも冷静に対応してくださったパイロット・CA・地上スタッフの皆さんや空の上で働くすべての人に、敬意を表したいと思います。